第482話 大事な挨拶

 ニーナの案内でやって来た野生動物たちの水飲み場には、既に多くの野生動物たちがいた。



 巨大な池の中心の深い場所には、トニーにも負けないサイズのバイソンの群れが盛大に水飛沫を上げながら水浴びをし、比較的浅い場所には足の長い白い鳥が優雅に歩きながら水面をついばみ、その奥では鹿たちが列を成して水を飲んでいた。


 他にも大小様々な動物がそこかしこに見て取れ、昼前の水飲み場はとても賑わっていた。


「わああぁぁ……すごいね」


 鼻の長い巨大な獣が噴水のように水を拭き上げる姿を見て、ミーファが目をキラキラと輝かせる。


「キーッ! キキ―ッ!」


 これだけ多くの動物を見たのは初めてなのか、ロキの背中にいるうどんも、大きな声を張り上げて興奮したようにピョンピョンと跳ねていた。


「フフフ、喜んでもらってよかった」


 ミーファとうどんの様子を見て、ニーナは嬉しそうに破顔する。


「…………」


 だが、すぐに顔を引き締めると、難しそうな顔をする。


「ニーナちゃん、どうしたの?」


 すると、そんなニーナの表所の変化に目敏く気付いたミーファが彼女に声をかける。


「なんかげんきないよ? だいじょーぶ?」

「あっ、うん、大丈夫だよ……ただ、ちょっと気になることがあってね」

「きになること?」

「うん、この前……ミーファちゃんと会った時の嵐があったでしょ?」

「うん」

「その爪痕が、ここにも残っているなってね」

「つ……めあと?」

「そう、実はね……」


 ニーナによると、この水飲み場は元々は近くの小川の支流の一つがここに辿り着き、複数の小さな池となってそれぞれの動物たちが水を飲んだり、水浴びをしたりと、それぞれが水飲み場という一か所に集まりながらも、互いに干渉せずに、それなりに上手くやっていたという。


 たまに肉食獣や魔物が現れて、騒然となることもあるそうだが、その時でも池が複数あるお陰で、肉食獣たちにとっては追うのが難しく、草食動物にとっては逃げるに容易い環境になっているという。


「今のところ、特に大きな問題なっていないみたいだけど、今ここに危険な動物が現れたら……」

「だいじょーぶだよ」


 心配そうなニーナに、ミーファが安心させるように彼女の手を取ってニコリと笑う。


「もし、ここにわるいやつがきても、ロキがニーナちゃんをまもってくれるよ」

「わん!」


 ミーファの言葉に、ロキが「任せろ」と言うように一声鳴いて「フン」と鼻を鳴らす。


「……うん、ありがとう」


 普段はトニ―と一緒にこの場を訪れることが多いニーナは、ギガントシープよりもさらに頼もしいロキの存在に、安心したように巨大狼の背中を撫でる。



 そうして暫くロキの背中を撫でて心を落ち着けたニーナは、大きく息を吐いて周囲を忙しなく見まわしているうどんへと話しかける。


「ねえ、うどん。ここか、この近くに住むのはどうかな?」


 その言葉をすぐさまミーファが通訳すると、うどんはちょこちょことした動きでロキの背中から降り、鼻をヒクヒクさせて地面の匂いを嗅ぐ。


 続いて近くの草をむしゃむしゃと食べ、何かを確かめるように少し離れた場所の別の草も味見する。

 ぴょこぴょこと小さく跳ねながら水辺まで歩いたうどんは、顔を近付けて水を飲む。


「…………プッ、プゥプゥ」

「きにいったって」


 うどんの感想を聞いたミーファが、嬉しそうに話す。


「ここならすずしいし、たべものもいっぱいあってうれしいって」

「そう……よかった」


 うどんの感想を聞いたニーナは、肩の荷が下りたかのように「ふぅ」と小さく息を吐く。



 よほどの度が乾いていたのか、一心不乱に喉を潤しているうどんを見て、ニーナは苦笑しながらある提案をする。


「ここに住むなら、うどんはここにいる皆に挨拶しないとね」

「あいさつ?」

「だってほら、ここに住むなら、ここにいる皆はご近所さんになるわけだから、挨拶をしておいた方がいいでしょ?」

「……どうして?」

「どう……してと言われると私もわからないんだけど、ママがお引っ越しした後は、そうするもんだって言ってたから」

「ふ~ん、そうなんだ。わかった」


 お互いに意味はよくわからないが、大人がそう言うのであれば、そうするのが正解だろうと納得したミーファは、まだ水を飲んでいるうどんの背中を、ちょいちょいと突きながらニーナから聞いた話を説明する。


「…………プッ」

「わかったって」


 ミーファの話を聞いたうどんは、それじゃあ早速と他の動物に挨拶するために移動を開始する。


「…………プゥ」


 いきなり巨大なバイソンの群れに突撃していくのは怖いと思ったのか、うどんは二十メートルほど先で水面に浮かぶ虫をついばんでいる白い鳥に向かっていく。


「…………」

「…………」


 そんなうどんの様子を、二人の少女は固唾を呑んで見守る。


 どうか、うどんがここの動物たちに受け入れられますように。


 そんな二人の願いを受けたうどんは、おそるおそる白い鳥に近付くと、


「プゥ……」


 緊張した面持ちで何やら挨拶を交わす。

 といっても、同じ草食動物同士、特に大きな問題は起きないと思われたが、


「あっ……」


 異変に気付いたニーナが小さく声を上げる。

 うどんの姿を見た白い鳥は、いきなり威嚇するように大きく翼を広げたかと思うと、


「クケエエエェェ!」


 大きな奇声を上げながら、長いくちばしでうどんへと襲いかかったのだ。

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