第476話 お願いお姉様

「もう、ここは遊ぶ場所じゃないのよ」


 ミーファたちを咎める声と共に、馬車の中から細長い袋を脇に抱えたソラが現れる。


「何だか随分と楽しそうだけど、二人とも何かあったの?」

「な、なんにもないよ……」


 ミーファはソラからうどんを隠すように、干し草を白いウサギに被せながらニーナに近寄ると、彼女の服の袖を縋るように引っ張る。


「ねっ? ニーナちゃん、なんにもないよね?」

「……えっ? あっ、うん! 勿論、ソラが心配するようなことは何にもないよ……うん」


 若干の遅れはあったが、ミーファの意図を理解したニーナは、二人でうどんを隠すように抱き合ってソラに笑いかける。


「…………ふ~ん」


 二人の笑顔を向けられたソラは、目を三白眼にしていかにも怪しいといった顔をするが、敢えてそのことを指摘せずに、二人に向かって質問する。


「ところで二人は、こんな時間にどうして納屋にいるの?」

「ど、どど、どどどうしてって……ねえ、ニーナちゃん?」

「えっ、私!?」


 ミーファに突然水を向けられたニーナは、視線を右往左往させながらどうにか言葉を探して口に出す。


「え、ええっと……その、実は私たち、かくれんぼをしてたんです」

「かくれんぼ? 二人とも揃っているのに?」

「そ、それは……そう! 私たち以外の誰にも見つかっちゃいけないってやつです……いや~まさか納屋の中にソラがいるなんて思わなくて……あ~あ、見つかっちゃった」

「そう……」


 咄嗟に思いついたにしては上手い言い訳だと思ったのだが、ソラはまだ納得いっていない様子でニーナのことをジッと見つめる。


 その視線に耐えられなくなったニーナは、堪らずソラに向かって質問する。


「そ、そういうソラはどうしてここに? ママと料理を作っているのだと思ったけど……」

「今日はリックさんが当番の日だから私たちの出番はないわ。だから私は今のうちにと思ってこれを取りに来たのよ」

「「――っ!?」」


 そう言いながらソラが脇に抱えた袋の中から取り出した物を見て、ミーファとニーナは揃って固まる。



 何故ならソラの手には、彼女が普段から愛用している包丁が握られていたからだ。



「せっかくだから、今のうちに研いでおいて少しでも切れ味を……って二人ともどうしたの? なんだか顔が真っ青よ」

「えっ、そ、そんなことないよ、ね?」

「うん、ないない……」


 心配そうなソラに必死に問題ないことをアピールする二人だったが、その目はジッと彼女が持つ包丁に注がれている。


 そして顔を近づけたミーファたちは、ソラに聞こえないように小声で囁き合う。


「……ミーファちゃん、ソラには絶対にうどんのこと、バレちゃダメだよね?」

「うん、このままじゃうどん……たべられちゃう」

「やっぱり?」

「だってソラおねーちゃん、ものすごいおにくすきだもん……おそとでどーぶつつかまえたら、すごいえがおでおにくにするもん」

「じゃ、じゃあソラにうどんがみつかったら」

「きっとうどんのことみたら、まっさきにおにくにしちゃう」


「…………何だか、物凄く失礼なこと言っていない?」

「「ううん!」」


 訝しむソラに、ミーファたちは揃って首を横に振る。


「……ニーナちゃん」

「うん……」


 二人は素早く目を合わせると、言葉を交えずに互いに目標を確認し合う。


 ソラには何が何でも、うどんの存在を秘匿する。


 後は、どうやってソラが立ち去るまで時間を稼ぐか。

 二人の少女が顔を突き合わせて考えていると、ソラが二人の背後を指差しながら話しかけてくる。


「ところで二人の後ろ、さっきから窮屈そうだけど大丈夫?」

「えっ?」

「嘘っ!?」


 その言葉に、二人は慌てて後ろを振り返り、先程被せた干し草をどける。


「プッ?」


 二人に見つめられたうどんは「何?」と可愛らしく小首を傾げる。


「はぁ~」

「よかった……」


 うどんの無事を確認した二人は、揃って大きく安堵の溜息を吐く。



 だが、うどんの無事を確認することに精一杯で、この時の二人は、完全にソラの存在を忘れていた。


「あら、可愛い」

「「――っ!?」」


 だから後ろからソラの声が聞こえた時、二人は口から心臓が飛び出すのでは? と思うほど驚く。


 だが、そんな二人の様子に気付いた様子もないソラは、うどんを見ながら慈母のような笑みを浮かべる。


「あら、白い毛皮のウサギじゃない。まるで歌に出てくるトントバーニィそのものみたいね。こんな可愛い子、何処で見つけたの?」

「……うぅ」


 ソラに見つかってしまったと、ミーファはうどんを大事そうに胸に抱くと、涙目になりながら懇願する。


「ソラおねーちゃん……おねがい」

「何? ってちょっとミーファ、一体どうしたのよ」


 愛らしい大きな瞳から涙を零すミーファを見て、ソラは慌てて泣いている妹に駆け寄ろうとする

 だが、ミーファは強くかぶりを振りながら狼狽えるソラから距離を取り、大事そうにうどんを抱えて必死に頭を下げる。


「おねがいだからうどんのこと、たべないで!」

「……えっ? な、何? うどん?」


 いきなり訳の分からないことを言い出す妹に、ソラの頭にいくつもの疑問符を浮かぶ。

 すると、


「私からもお願い!」


 ニーナもミーファの後に続いて、ソラに向かって頭を下げる。


「お願いソラ、どうか、うどんのこと見逃して! 肉が好きなのはわかるけど、今日のところは見逃してあげて」

「えっ、ちょ、ちょっと待って……」

「うどんのこと見逃してくれたら、今晩の私のお肉、ソラにあげるから」

「ううぅ…………ミーファも……ミーファのぶんもあげるから…………」

「ええっ!? な、何が起きているの?」


 二人の少女に、肉をあげるから見逃して欲しいと懇願されたソラは、訳がわからず困惑するばかりだった。

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