第477話 至高の撫で心地

 泣きながら訳の分からないことを懇願してくるミーファたちに、ソラはどうにか落ち着くように説得をして、二人からどうにか情報を引き出した。



「……はぁ、全く、ミーファは私のことをそんな風に思っていたの?」


 ミーファから見境なく動物を肉に変える存在だと思われていたソラは、頭痛を堪えるように額を押さえながら話す。


「いくら私でも、いきなり動物を捕まえてお肉にするわけないでしょ?」

「……でも、ソラおねーちゃん、まえにウサギさんをおにくにしてたよ?」

「それはそういう訓練だったからよ。旅をする以上は、自分で野生動物を捌く技術は必要でしょ? ミーファは何日もお肉食べられなくてもいいの?」

「うぅ……それは、いやだけど……じゃあ、うどんは?」

「心配しなくても、そのうどんちゃん? は、お肉にするようなことはないから」

「ほんとう?」

「本当に本当よ。この包丁だっ研ぐために持っていたわけだし……」


 そう言いながらソラは、手にしていた包丁を袋に戻して両手を上げる。


「ほら、これで大丈夫でしょ?」


 そこまで見たところで、ミーファはようやく安堵の溜息を吐く。


「…………うん、うどん、よかったね」

「プゥ」


 何だかよくわかっていない様子だが、ミーファから頬擦りされたうどんは、嬉しそうに双眸を細めて彼女に身を委ねる。


 そこへニーナも加わり、二人と一羽の仲睦まじい様子を見たソラは、気になっていたことを尋ねる。


「で? ミーファたちはそのうどんちゃんをどうするつもりなの?」

「どう……する?」

「まさかだけど、旅に連れて行くとは言わないでしょうね?」

「ううん、ちがうよ」

「あっ、私たち、うどんの新しい家を探すことにしたんです」


 ニーナが手を上げると、うどんが置かれている状況と、自分たちがこれからしようとしていることを、かいつまんでソラに説明する。



「……というわけなんです。だからソラお願い、このことはパパたちには内緒にしてほしいんだ」

「内緒って……どっちかっていうと相談した方がいいんじゃないの?」


 ニーナの提案に、彼女よりいくばくか年上のソラは、冷静に状況を分析して話す。


「聞くところによると、そのうどんちゃんはかなり珍しい種類のウサギのようだし、ヴォーパルラビットの件もあるわ。だから、余計なトラブルを避けるためにも、大人たちの手を借りた方がいいと思うわ」

「……うん、ソラの言いたいこと、すっごくよくわかるよ」


 冷静なソラに対し、ニーナは首肯しながらも大人たちを頼らない理由を話す。


「きっとパパに相談したら、絶対に一緒にうどんの家を探してくれると思うんだ……でも、それじゃあダメなの」

「どうして?」

「だって……」


 ニーナは納屋にいるトニーをはじめとするこの牧場で世話している動物たちを、ゆっくりと見渡しながら話す。


「だってパパは私だけじゃない……ここにいる皆のパパなの。皆の生活を守ることがパパの大切なお仕事で、今はそれを守るためにやらなきゃいけないことがあるの」

「ニーナ……」

「それに、うどんの家捜しを皆でやったら、せっかく協力をしてくれているコーイチさんたちにも悪いでしょ? だからパパには、一日も早く牧場を元に戻してもらうの」


 そう言ってニーナは、少し寂しそうに笑う。


 どうやらニーナは、彼女なりに今の自分の置かれている状況を冷静に分析できているようだった。

 うどんが安心して暮らせる家を見つけてやりたいという強い想いを抱きながらも、そのために他の家畜たちを蔑ろにするようなことは決してしない。


 牧場の一人娘としてニーナが出した結論に、ソラはとても感心していた。


「……そう、わかったわ」


 ニーナの想いを聞いたソラは、微笑を浮かべて彼女に向かって深く頷く。


「だったらうどんちゃんの家を探すことは、二人に任せるわ」

「…………いいの?」

「いいも何も、ここはニーナの家じゃない。別に私の許可を取る必要はないでしょ?」

「そ、それはそうだけど……」

「あっ、でも危ないから、うどんちゃんの家を探す時は、絶対にロキも連れて行くこと。それと、危なくなったら私か姉さん、もしくはコーイチさんに助けを求めること。それができるなら私から言うことは何もないわ」

「ソラ……ありがとう」


 ニーナは喜色を浮かべてソラの手を取ると、何度も上下に振りながら嬉しそうに話す。


「よかった。ここにいたのがソラで……あっ、でもこのことママには……」

「心配しなくても、マーガレットさんにも黙っておくわ。でも、無茶だけは本当にしないでね?」

「うん……うん……」


 ニーナは何度も頷くと、ミーファが抱いているうどんに向かって笑いかける。


「うどん、心配しなくても、私が絶対にいいお家を見つけてあげるからね?」

「……プッ」


 また揉みくちゃにされると思ったのか、うどんは一瞬だけ警戒する素振りをみせるが、ニーナの様子から悪いことではないと察したのか、了承したと謂わんばかりに小さく頭を下げる。


 それを見たニーナは、ミーファに翻訳を頼む。


「ミーファちゃん……うどん、何だって?」

「うんとね……ありがとうだって、あと、またあたまなでていいよって」

「ほ、本当?」


 またあのもふもふを味わえると知ったニーナは、鼻息を荒くしながら、でも今度は控え目にうどんの頭を撫でる。


「うぇへっへっ……うどんは可愛いな」

「ニ、ニーナ?」


 急に蕩けたような顔をするニーナを見て、ソラは少し引き攣った笑みを浮かべるが、それと同時にうどんを撫でたいという欲求が生まれる。


「ミ、ミーファ……よかったら私もうどんちゃんの頭を撫でてもいいかな?」

「うん、うどん、ソラおねーちゃんもあたまなでたいって、なでてもい~い?」


 ミーファの問いに、うどんは「プッ」と短く返事をしながらソラに向かって頭を差し出す。


「いいって」

「そ、そう、それじゃあ……」


 幸せそうなニーナに場所を変わってもらったソラは、大きく深呼吸を一つしてから手を差し出す。


「それじゃあ、うどんちゃん……失礼するね」

「ねえ、ソラおねーちゃん」


 だが、その前にミーファが待ったをかける。


「あのね、うどんっておとこのこ、だよ」

「えっ?」

「だからうどんちゃん、じゃなくてうどんくんだよ」

「そ、そうなんだ」


 一目見ただけで、そのウサギがオスかメスかなんてわからないよ。


 そんな想いがありありと表情に浮かんでいたソラであったが、ここで機嫌を損ねると頭を撫でさせてもらえないかもしれないので、気を取り直して改めてうどんに話しかける。


「それじゃあ、うどん君……失礼するよ」


 そうしてうどんの頭を撫でたソラの顔がどうなったのかは、言うまでもなかった。

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