第431話 牧場からのご招待
ピィーッ! という指笛の音が響き渡ると、馬車から黒い影が飛び出し、一陣の風となって俺たちの下へと馳せ参じる。
「わんっ!」
何か用? と言いながら現れたロキは、俺の胸に顔を擦りつけながら、頭を撫でるようにせがんでくる。
俺は思ったより甘えん坊のロキの要望に応えて頭をわしゃわしゃと撫でてやりながら、驚いて目をまん丸に見開いているトニーを見やる。
「メ、メエェェ……」
そこでようやく俺の意図に気付いたトニーがゆっくりと立ち上がりながら「冗談ですよね?」と言いながら一歩後退りする。
だが、今さらそんな殊勝な態度を見せたところでもう遅すぎだ。
「悪いがこれは冗談じゃないんだな。ロキ!」
「わふっ!」
もう既に状況を正しく理解しているのか、俺の声にロキは「わかってる」と一鳴きすると、すぐさま姿勢を低くしてトニーの前へ行って「グルルルル」と威嚇を始める。
どうやらロキは、トニーが俺に唾を吐きかけたことに対してかなりご立腹のようだった。
今すぐトニーへと襲いかかりそうなロキに待ったをかけるように、俺は優しく頭を撫でながら、耳元で優しく囁く。
「わかってると思うけど、ロキ……トニーのことを傷付けちゃダメだからな?」
「わふっ!」
「よし、いい子だ。それじゃあ、行け!」
「わんっ!」
「メエェエエエェェェ!」
ロキは「了解!」と吠えながら駆け出すと、トニーは「助けて!」と情けない鳴き声を上げながら、見た目に反してかなりの速度で窪地から脱出していった。
「お、驚いた……」
突如として現れたロキによって、トニーを動かすという目的を達成できたことに、ニーナちゃんは目を白黒させながら恐る恐る俺に尋ねてくる。
「あ、あの狼って……もしかしてコーイチさんの?」
「うん、大切な仲間でロキって言うんだ。心配しなくてもロキはトニーを傷付けないって約束してくれたから、間違っても傷付けることはないよ」
「そ、そうですか……だといいんですけど」
そうは言っても、普段は狼の狩りの対象となる羊のトニーが無事で済むと思っていないのか、その笑顔は若干引き攣っている。
「でも、さっきのコーイチさん、本当に狼さんと話しているみたいでした」
「みたいじゃなくて、本当に話しているんだよ」
まだ半信半疑でいる様子のニーナちゃんに、シドがニヤリと笑いながら話を引き継ぐ。
「確かに動物と話すなんて与太話にしか聞こえないと思うが、こいつは特別なんだよ」
「特別……ですか?」
「ああ、こう見えてコーイチはな。自由騎士なんだよ」
「えっ……本当ですか!?」
自由騎士と聞いた途端、声のオクターブを一段上げて喜色を浮かべたニーナちゃんが俺の方を見る。
「ほ、本当にコーイチさんって自由騎士なのですか?」
雨の勢いにもにも負けないキラキラとした目のニーナちゃんに詰め寄られ、俺は思わず後退りしながたどうにか頷く。
「あっ、うん……まあね。といっても、騎士と名乗るほどたいした存在でもないよ」
「そんなことないですよ。で、ではでは動物と話せるという不思議な力も?」
「そうだよ、自由騎士の力だよ」
「そうだったんですね」
俺が自由騎士だということがわかった途端、ニーナちゃんは全てを理解したように何度も頷いてみせる……凄いな、自由騎士のネームバリュー。
俺は改めて、この世界の人たちにとって自由騎士という存在は特別であることを認識しながら、ニーナちゃんに尋ねる。
「それで、これからのことだけど……」
「よかったらウチに来ますか?」
俺が何かを言うより早く、ニーナちゃんがありがたい申し出をしてくれる。
「それはありがたいけど……そんな簡単に決めちゃっていいの?」
「大丈夫ですよ」
心配する俺に、ニーナちゃんは問題ないと大きく頷きながらニコッ、と爽やかな笑顔を浮かべる。
「コーイチさんたちのお蔭でトニーを無事に動かせましたし、何よりこの雨ですからね。よかったら雨が止むまでウチの牧場で休んでください。」
「それは本当に助かるけど……実はあの馬車に二人ほど連れがいるんだけど、大丈夫?」
「構いませんよ。ウチは牧場だけあってかなり広いですから、よかったら今日のお礼に、皆さんをおもてなしさせて下さい」
見た目の年齢的には、ソラよりも幼いと思われるニーナちゃんのしっかりとした受け答えに、俺とシドは揃って顔を見合わせる。
「シド……」
「ああ、決まりだな」
下心がなかったと言えば嘘になるが、でもまさか本当にシドが言った通りに雨を凌ぐ場所を確保できるとは思わなかった。
俺はフードを外して素顔を晒すと、ニーナちゃんに向かって深々と頭を下げる。
「それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらっていいかな?」
「はい、どうぞどうぞ、遠慮なく休んでいって下さい」
こうしてニーナちゃんの牧場へ行くことにした俺たちは、一先ずソラたちと合流するため、彼女を連れて馬車へと戻った。
「……というわけで、ニーナちゃんの牧場に行くことになったよ」
馬車へと戻った俺は、事の顛末をソラたちに話しながら、ニーナちゃんを二人に紹介した。
「わぁ……本当に獣人の姉妹なんですね」
ソラたちを見たニーナちゃんは、この辺では珍しいという獣人の姉妹に驚きはしたものの、特に忌避するようなこともなく笑顔で挨拶をする。
「こんにちは、あなたたちがシドさんの妹さんですね?」
「はい、はじめまして、私はソラといいます」
ソラは馬車の床に三つ指をつくと、深々と頭を下げてニーナちゃんに礼を言う。
「この度は、雨を凌げる場所を提供していただけるそうで、本当にありがとうございます」
「えっ、いやいやそんな畏まらなくても大丈夫ですよ。ほら、ウチ……そんな立派な牧場じゃないんで」
丁寧過ぎるソラの挨拶に、ニーナちゃんは困ったように手をわたわたと眼前で振ると、自分も膝を付いて同じように頭を下げる。
「そ、その……ソラさんも私なんかの牧場に来てくれて……ありがとうございます」
「えっ……」
「えっ?」
驚くソラの声に、何か間違ったのかとニーナちゃんも驚いて顔を上げる。
「…………」
「…………」
そうして暫く見つめ合った二人は、
「クスッ……」
「プッ……」
同時に吹き出すと、声を上げて笑い出す。
そうしてひとしきり笑ったソラは、溢れてきた涙を拭いながらニーナちゃんに向かって微笑みかける。
「フフッ……すみません。ニーナさんの行動がおかしくって……ですが、笑っちゃ失礼ですよね?」
「そんなことないですよ。それよりソラさんこそ、私の方が年下なんですからそんな畏まらなくていいですし、呼び方もニーナって呼び捨てて欲しいです」
「わかりま……いえ、わかったわ。ニーナ。私のこともソラと呼びすてにしてもらえるかしら?」
「そ、それは恐れ多いですけど……」
「い~え、駄目よ」
こういう呼び方や喋り方に関しては割と頑固なところがあるソラは、ゆっくりとかぶりを振りながら諭すように話す。
「私がニーナの言うことを聞いたのだから、ニーナも私の言うことを聞くの。いい?」
「わ、わかりました」
ソラの有無を言わせない迫力に圧倒されたニーナちゃんは、胸の前で指をもじもじとさせながら、恥ずかしそうに上目遣いになって口を開く。
「そ、その……ソラ、よろしくね?」
「ええ、ニーナこそよろしく」
そう言って屈託なく笑う二人の様子はとても初対面とは思えないほど和やかな雰囲気に包まれている。
ソラもかなり社交的だが、どうやらニーナちゃんも同じように人と接することが得意なようで、自己紹介を終えた二人はまるで長年付き合った親友のように、馬車の中で早速トークに花を咲かせていた。
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