第421話 俺と一緒に……
「ど、どうして……」
シドの思わぬ一言に、俺は見捨てられた子供のように泣きそうになりながら、憮然とした態度の彼女に尋ねる。
「……どうして俺と一緒に来てくれないんだ?」
「どうしてって……本気で言っているのか?」
シドは呆れたように嘆息すると、ズカズカと大股で近付いてきて、俺の眼前に指を突き付ける。
「あたしはな、コーイチが判断を人に委ねているところに怒っているんだよ」
「えっ?」
「お前……自分から来いと言わずに、ソラから一緒に行きたい、と言わせようとしていただろう?」
「うっ……」
「図星みたいだな」
俺の考えを見透かしていたシドは、ツンツン、と額を突きながら三白眼で睨んでくる。
「あたしはな……コーイチのそういう人の意見を聞いて、尊重してくれるところに好感を持っているが、時と場合によっては卑怯だって思ってる」
「ど、どうして?」
「だってそうだろう? そうやって人に判断を委ねるということは、責任を放棄するのと同じじゃないのか?」
「そんなこと……」
ない。と言い切ることはできなかった。
確かに俺は、ソラに自分から旅に出たいと言うように誘導したが、それは裏を返せばシドの言う通り、責任を取るのが怖かったのだ。
この街を出て旅に出るというのは、今後の人生を左右するとても重要な選択だ。
街の外には多くの魔物が生息し、さらには人を襲うような山賊や盗賊などもいるという。
日本と比べてずっと死が身近にあるこの世界では、たった一つの選択ミスがそのまま死に繋がることも珍しくない。
現にそうして迷いの森で、俺は大切な人たち……エイラさんとテオさんの二人を亡くしてしまった。
あの件があったから必要以上に慎重になってしまい、ソラにあんなことを言ってしまったのかもしれないが、そんなことはただの言い訳だ。
さっきの俺は、単純に自分で結論を出すのを恐れ、他人に委ねて責任から逃れようとしていたのだ。
大人である俺が、少女であるソラに責任を委ねるなんて、卑怯にもほどがある。
俺は大切なことに気付かせてくれたシドに向かって、静かに頭を下げる。
「シド……ごめん」
「謝るのは、あたしじゃないだろう?」
「そうだな……」
俺はソラに謝罪するために、ミーファに離れてもらおうと思って彼女の肩を軽く揺するが、
「ん~っ!」
ミーファはいやいやと強くかぶりを振って、俺の胸にさらにしがみついてくる。
これは……悪いことをしちゃったな。
俺はがっちりと掴んで動かない胸のミーファを引き剥がすのを諦め、そのままゆっくりと振り返ってソラの手を取りながら頭を下げる。
「ソラ、ごめん……さっきの質問は卑怯だったよね?」
「い、いえ、そんな……でも、どうしてあんな……」
「実はね……」
ここまで来たら、もう恥も外聞もない。全てを素直にぶちまけてしまおうと思い、俺は自分の想いを素直に話す。
「俺、本当は一人で旅に行くのが怖くて、誰か一緒に来てくれないかと思っていたんだ……」
「だったら最初からそう言えばいいだろう」
「うん、そうだね」
呆れたように笑うシドに、俺は苦笑するしかなかった。
「実は……この街に来る時に、俺を助けてくれた人たちがいたんだ」
「……その人たちは?」
「死んだよ。俺たちを守るために、魔物に襲われて死んでしまったんだ」
その言葉に、俺の胸にしがみついたミーファの体がビクリ、と震えるので、俺は安心させるように彼女の背中を優しく擦る。
「そんなことがあったから、旅に出るのに大切な人を巻き込みたくたくなかったんだ。でも、一人で行くのは怖くて……どうにかしてソラに自分の意志で、来てもらおうなんて思ったんだ」
「自分の意志でも、他人に強制されても危険性は変わらないだろう?」
「本当にね……」
だが、少し冷静になったからか、どうしてあんなことを言ったのか、今ならわかる気がする。
俺はソラと目を合わせると、力なく笑いながら本心を吐露する。
「でも、例え卑怯な方法であっても、俺はソラと一緒に行きたかったんだ」
「コーイチさん……」
「ソラ、本当にごめん。だったらあんな言い回しをせずに、素直に一緒に来て欲しい。って言うべきだったよね?」
「……いえ、いいんです」
ソラは気にしていないと笑顔を浮かべると、俺の手を取って両手で包み込む。
「コーイチさんのお気持ち、確かに受け取りました。こんな私でも……足手まといにしかならないかもしれませんが、一緒に連れてってくれますか?」
「……いいの?」
「いいも何も、私のために旅に出るのでしょう? でしたら当事者である私が行くのは当然です」
「ソラ……ありがとう」
俺はソラの手を包み返すと、何度も頭を下げて感謝の意を伝える。
よかった。これで一人旅にはならずに済みそうだ。
後は師匠に頼み込み、ちゃんとした旅の手ほどきを受けて、ソラを守れるようになろう。
「ん~、ミーファも! ミーファもいくの!」
話がまとまって一息吐こうと思っていると、胸にしがみついているミーファが顔を上げて、俺の胸を叩きながら捲し立てる。
「おにーちゃん、ミーファもつれてって。ミーファも、ミーファもいっしょじゃなきゃ、いやなの!」
「ミーファ……でも、街の外は危険なんだよ?」
「そうよ、コーイチさんは遊びに行くわけじゃないのよ」
「やーっ! ミーファだけのけもの、やなの!」
俺とソラの説得にも、ミーファは激しくかぶりを振って強い拒否反応を示す。
「ミーファ、ちゃんとおてつだいするから! ちゃんということきくから、つれてって! ミーファをおいてかないで!」
「ミーファ……」
号泣しながら懇願してくるミーファを見て、俺とソラはどうしたものかと顔を見合わせる。
できることならミーファも連れて行ってあげたいのだが、一か月以上も移動し続けるという今回の旅は、幼いミーファには相当な負担になる。
しかも、行くところまで行ったら引き返すこともできないから、途中で帰りたくなっても、ミーファだけ帰すことすらできないし、俺かソラにもしものことがあったら、彼女を守れなくなってしまうのだ。
だから非情かもしれないが、ミーファには我慢してもらうしかないというのが俺の結論だった。
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