第415話 末妹は見た

「はぁ……はぁ……はぁ……」


 マーシェン先生にすごい剣幕で捲し立て、部屋から無理矢理追い出したソラは、肩で大きく息を吐きながら流れてきた汗を拭うと、悲しそうに自分の胸を押さえる。


「わ、私だって……私だってまだ成長するんですから……」


 そう呟いたソラは、涙目で俺の方を向く。


「コーイチさん!」

「は、はい!」


 嫌な予感しかしないが、逃げ道なんて何処にもないので俺は背筋を伸ばしてソラの言葉の続きを待つ。

 目に涙を浮かべたソラは、ベッドから身を乗り出して、胸に手を当てながら懇願するように尋ねてくる。


「こんな……こんな胸の小さな私でも、ちゃんと女の子として見てくれますか?」

「な、何を言っているんだ。当然だろ」


 ここで下手な冗談を言うと、取り返しのつかないことになりそうなので、俺は思ったままのことを正直に話す。


「前にも言ったかもしれないけど、俺は胸の大きさなんて気にしないよ。それに、ソラはそのままでも、とっても可愛い女の子だよ。こうして一緒にいられるだけで、嬉しいしドキドキするよ」


 間違いなくソラは、すれ違った誰もが振り返ってみてしまうような美少女だ。

 偶然とはいえ、そんな美少女とひとつ屋根の下どころか、同じ部屋で寝泊まりしていたなんて世の男が知ったら、俺は彼等が放つ憎悪の炎で身を焦がすであろう。


「可愛い……ですか」


 だが、俺の解答を聞いたソラは、悲しそうに目を伏せる。


 あ、あれ? 俺、何か間違ったことを言ったかな?


 どうしよう……もう告白する勢いで正直な想いを告げたのに、これ以上、俺は何を言ったらいいのだ?

 残念ながら、恋愛経験が豊富とは言えない俺は、思春期の女の子が何を言われたら喜んでくれるのか、さっぱりわからなかった。


「あ、あの……ソラ? そのだな……えっと」


 最適解を導くことができず、俺はしどろもどろになりながら、どうにかソラが喜んでくれそうな言葉を探す。

 すると、


「クスッ……」


 焦る俺が面白かったのか、ソラは口に手を当てて上品に笑い出す。


「すみません、少しイジワルしちゃいました」


 そう言ってソラは、ペロリと赤い舌を出して笑う。


「マーシェン先生に言われたことはショックでしたが、コーイチさんの言葉を聞いて、安心しました」

「そ、そう?」

「ええ、私を見て、ドキドキしてくださるんですよね?」

「あ、ああ……正直言うと、今もドキドキしてる」


 ただ、これは俺の言葉を聞いているシドとミーファが、無表情で俺のことを見ていることもあったりする。

 だが、ソラはそんな二人の視線など気付いた様子もなく、頬を赤く染め、大きな瞳を恋する乙女のようにキラキラさせながら俺に熱視線を送ってくる。


「フフッ……どうです。ドキドキしますか?」

「うん……する」


 思い込みの激しいソラが気が付いていないだけで、残る二人の刺すような視線が痛くて、ドキドキが止まらなかったが、そんなことを言えるはずもなかった。




 その後、どうにか落ち着きを取り戻したソラをベッドへと落ち着かせると、俺たちは街の人たちから貰ったお土産を彼女へと手渡した。


 食べ物以外にも花やアクセサリー、これまで不便をかけてしまったことの謝罪や、早く良くなって欲しいという旨が書かれた手紙の数々だけで、ベッドの上がいっぱいになるほどだった。


「こんなに……」


 孤児院の子供たちが書いた手紙を読みながら、ソラが嬉しそうに破顔する。


「これ全部、本当に私のために皆さんが用意して下さったのですか?」

「ああ、本当だよ。皆、ソラのことが大好きで、本気で回復を心待ちにしているんだよ。だから、いっぱい食べて一日も早く元気になった姿を見せてあげよう」

「……はい」


 ソラが頷くのを確認した俺は、ミーファも絶賛していたリンゴを一つ手に取り、サイドチェストの引き出しの中にあるナイフで皮を剥き、一切れ差し出す。

 そうして受け取ったリンゴを、ソラは小さく口を開けて頬張る。


「……美味しい」

「だろ? まだまだあるから、たくさんおかわりしていいんだぞ」


 実際、明日もまたおなじだけ手土産を渡される可能性がないとは言い切れないので、今日の分は今日の内に食べきってしまいたい。


「い、いえ……それは流石に……」


 数々の食べ物を見ながら、ソラはゆっくりとかぶりを振る。


「もう少しで昼食の時間になりますから、残りはお屋敷の皆さんと分けたいと思います」

「そうか……」

「えっ? おひるごはん!」


 昼食という言葉に、ミーファの耳が嬉しそうにぴょこん、と立ち上がる。


「ねえねえ、ソラおねーちゃん。ミーファもいっしょにごはん、たべたい」

「おい、ミーファ……」


 あれだけ食べたのにまだ食べたいと言い出す末妹に、シドは呆れたように手を伸ばす。


「お前、地上に出てからそれだけ食べてたら凄い太っただろう。ほら、触らせてみろ」

「やっ!」


 ミーファは捕まる直前に、シドの手からするりと抜け出すと、そのまま部屋の出口までとてとてと駆ける。

 扉を開けて外へと身を滑らせたミーファは、顔だけ中に入れてシドに向かって反撃と謂わんばかりに口を開く。


「ミーファ、ふとってないもん。それに、デブになったのミーファじゃなくてシドおねーちゃんのほうだもん」

「な、なんだと?」

「ミーファしってるよ。シドおねーちゃん、おふろのあと、すっぽんぽんでかがみみて、なんども「はぁ……」てしてたもん」

「ミ、ミーファ、お前いつの間に……」


 まさか見られているとは思わなかったのか、シドの顔が一瞬にして真っ赤に染まる。

 それを見たミーファは、確信を得たりとニヤリと笑うと、


「や~い、や~い、シドおねーちゃんのおでぶ~。そのままぶよぶよのぶたになっちゃえ~」


 実に子供らしい悪口を言いながら、逃げるように去っていく。


「こ、この……」


 ミーファの安い挑発に、シドはこめかみをピクピクと痙攣させながら立ち上がると、


「待て! あたしは太ったんじゃなくて、また胸のサイズが大きくなったのを確認していただけだ!」


 別に聞いてもいないのに、全裸で鏡を見ていた理由を話しながら、ミーファを追いかけて部屋から出て行った。



「姉さん……」


 大人げなく全力でミーファを追いかけて行った姉を見て、ソラは頭を押さえながらゆっくりとかぶりを振る。


「まあまあ、その内戻ってくるだろう」


 広いといっても、いつまでもミーファがシドの追跡から逃れられるとは思わない。

 シドに説教されたミーファが落ち込んで戻ってくるだろうから、その時は慰めてやろうと思いながら、俺は居住まいを正してソラに向かって話しかける。


「ソラ……ちょっといいかい?」

「はい、なんですか?」

「今後について話しをしたいんだけど、いいかな?」

「――っ!?」


 俺の様子から真剣な話だと察したソラは、笑顔を引っ込めて真剣な表情になると、俺の目を真っ直ぐ見ながら小さく頷く。


「これからどうするか、お決めになられたのですね?」

「ああ……」


 俺はソラの目を真っ直ぐ見据えながら、静かに切り出す。


「前にも言ったけど……この街を出ようと思うんだ」

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