第414話 地下生活の弊害?

 ミーファの虜となった住人たちと別れた俺たちは、そこからはできるだけ大通りを避け、人通りが少ない場所を選んでリムニ様の屋敷へと向かった。



 最早、顔馴染みとなった門番に挨拶してリムニ様の屋敷に入った俺たちは、つい先日の反乱の名残がなくなり、すっかり元通りになった屋敷の中を歩き、ソラに宛がわれた部屋へと向かう。


 階段を上がり、客間が並ぶ廊下へと辿り着くと、


「おねーちゃん!」


 もう待ちきれないと、ミーファが廊下を勢いよく駆け出す。


「きゃっ!」

「わっ!?」


 廊下には掃除中のメイドたちがおり、矢のように飛び出したミーファの姿に驚いて小さく悲鳴を上げる。


「あっ、コラ。ミーファ!」


 俺は廊下を掃除していたメイドたちに、「すみません」と謝罪しながらミーファの後を追いかける。

 流石にストライドの差があるので、あっという間にミーファに追いついた俺は、素早く彼女の脇の下に手を差し入れて抱え上げる。


「ミーファ……気持ちはわかるけど、廊下は走ったら危ないぞ」

「あうぅ、でも、でもでも……」


 一刻も早くソラに会いたかったのか、足をジタバタさせるミーファに、俺は頭を撫でながらゆっくりと諭すように話す。


「ソラに会いたいのは、お兄ちゃんたちも一緒だよ。だから行くなら皆で一緒に、な?」

「うん、わかった」

「いい子だ。じゃあ、いい子ついでにメイドさんたちに謝っておこうな?」

「……うん」


 地面に下りたミーファはとてとて、とびっくりしているメイドたちの下へと向かうと、ペコリと頭を下げて謝罪する。

 その愛らしい姿に、メイドたちも漏れなくミーファにメロメロになってしまったのは言うまでもなかった。




 扉をノックをし、中から「どうぞ」という返答を聞いてから俺はノブを回してドアを開ける。


「あっ、コーイチさん」


 部屋の中に入ると、ベッドの上で読書をしていたソラの顔がパッ、と華やぐ。


「……ふむ、来たか」


 すると、診察してそのままソラの話し相手になってくれていたのか、奥の椅子に座っていたマーシェン先生が立ち上がる。


「それではソラ様、儂はそろそろお暇させてもらおう」

「あっ、マーシェン先生。本日もありがとうございました」

「気にすることはありません。儂はただ、当然のことをしているまでですから」


 マーシェン先生はゆっくりとかぶりを振ると、ソラに深々と頭を下げて診察用の鞄を手に取る。

 そうして立ち去ろうとするマーシェン先生に、俺は一礼してから話しかける。


「マーシェン先生、ソラの容体は……どうですか?」


 ソラに聞いてもいいのだが、やはりここは専門家の意見を聞いておきたい。


「随分と回復しているようには見えるのですが、何時になったら外に出られるようになりますか?」


 リムニ様の尽力もあり、獣人たちは地上に自由に出られるようになったのだが、あの夜の無理が原因で衰弱著しいソラだけは、未だにベッドの上での生活を強いられていた。

 本当なら、せっかく自由に外を歩けるようになったのだから、みんなで街の外にある花畑にピクニックに行くという、ソラの小さい頃からの夢を叶えてやりたかった。


 別にマーシェン先生に治療を急がせるつもりはないが、それでもソラだけが不憫な想いをしなければならない状況を、一日でも早く改善できればと思っていた。


「ふむ、そうじゃな……」


 俺の質問に、マーシェン先生は鞄の中からカルテと思しき書類を取り出すと、ペラペラとめくりながら治療状況を話す。


「リムニ様が用意してくれた薬の効果は、確実に出ておる。これなら数日中に、元通りの生活は送れるようになるじゃろう」

「ほ、本当ですか!」


 思わぬ朗報に、俺はソラたちと目を合わせながら喜び合う。

 色めき立つ俺たちに、マーシェン先生は「んんっ!」と咳払いを一つしながら、渋面を作る。


「ただ……」

「た、ただ?」

「地下生活が長かった所為か、ソラ様の体について一つ気付いたことがある」

「気付いた……こと?」


 何だろう。元通りの生活を送れるようになったといっても、まだ何か裏があるのだろうか。

 俺は何を言われても大丈夫なように、笑顔を引っ込めて腹の下に力を籠めると、マーシェン先生の次の言葉を待つ。


 全員が静まり返ると、マーシェン先生は静かに気付いたことについて話す。


「これはおそらく、食生活が原因だと思うが……」

「……はい」

「ソラ様の発育が……特に胸周りの発育が年相応の娘と比べてよくない」

「……はい?」


 えっ、今の発言は……どういうこと?


 困惑する俺を尻目に、マーシェン先生は何処までも真剣な表情で話す。


「聞けばソラ様は、今年で十四歳になるというではないか。儂が預かる孤児の中にもソラ様と同い年の子供は何人かおるが、その娘たちと比べても明らかにソラ様の発育はよろしくない」

「は、はあ……」


 つまりそれって、ソラの胸が……おっぱいが小さいことが気になるということなのだろうか?


 確かにソラは三姉妹の中でも特に華奢で、身長の割には体重も羽のように軽いと思っていたが、流石に中二ぐらいの女子の平均的な発育状況なんてものはわからない。

 ただ、姉のシドは女性としてとても魅力的なボディラインを持っているから、ソラにも十分に成長する余地はあると思うのだが……、


「いいか? 女性らしい発育には、何よりも栄養が、食生活が重要なのじゃ。そう考えると、ソラ様は食が細すぎるのじゃ……」


 話して熱が灯ったのか、マーシェン先生は女性らしい体つきになるには何が必要かを滔々と話す。


「…………」


 マーシェン先生の熱の籠りように、彼にお世話になりっぱなしの俺としては口を挟むのは憚られる。

 そんな中、ちらとソラの方を見てみると、彼女は顔を真っ赤にして俯いてしまっていた。


「あ、あの……そろそろ」


 ソラが可哀想になってきたので、この話は止めにしませんか?

 そう思うのだが、マーシェン先生は止まらない。


「そこで儂は薬以外にも、ソラ様に発育が良くなる治療をじゃな……」

「も、もう、いい加減にしてください!」


 流石に我慢の限界が来たのか、普段は決して声を荒げることのないソラの悲痛な叫びが室内に響き渡った。

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