第413話 食いしん坊お姫様

 久しぶりにマスターお手製の、ボアステーキ朝定食を心ゆくまで堪能した俺は、シドとミーファを連れてソラのお見舞いに行くため、リムニ様の屋敷に向かって歩いていた。


「フン、フン、フフ~ン……」


 ご機嫌な鼻歌を歌いながら先頭を歩くミーファは、太陽の下を堂々と歩けることが嬉しいのか、ワサワサと激しく尻尾を振りながら石畳の上を跳ねるように歩く。


「おそとでおさんぽう~れしいな~。おにーちゃんとおねーちゃんもニコニコおさんぽ、ミーファもニコニコうれし~な」


 当たり前のことに対して、体全体で喜びを表すミーファを見て、俺とシドは顔を見合わせて思わず笑ってしまう。


 ……本当に、ミーファが笑顔でいてくれてよかった。


 実は地上で暮らし始めた当初、俺はミーファがこうして道の真ん中を堂々と歩けるかどうか不安で仕方なかった。


 ネームタグによる支配を逃れても、密かに心に刻み込まれた獣人に対する忌避感を、住人たちが拭い去ることができるのか。

 また、過去に冒険者たちに酷い扱いを受けた経験のあるミーファが、住人たちからの様々な想いの籠った視線を受けて、初めて出会った時のように心を閉ざしてしまうんじゃないかと思っていた。


 だが、


「あら、ミーファちゃん。おはよう」

「今日もお姉さんのお見舞いかい?」

「そうだ。今日はいいリンゴが入ったんだ。よかったらソラ様に持って行ってよ」


 俺の心配をよそに、街の人たちは誰もが笑顔を浮かべて次々とミーファへと話しかける。


 どうやら街の多くの人たちは、ネームタグが無くなった途端に、獣人たちに対する感情もリセットされたようで、まるで最初から嫌っていた過去なんてなかったかのように接してくれた。


 ただ、もしかしたらウチのお姫様の魅力に皆揃ってメロメロになっている可能性も十分あるけどね。


「はわわっ……」


 そんな阿呆なことを考えていると、街の人たちが次々とソラへの見舞いの品をミーファへと手渡し、彼女が目を白黒させていた。

 これはいけないと、俺はすぐさま駆け寄ってミーファに向かって手を伸ばす。


「ほら、ミーファ。お兄ちゃんが持ってあげるから」

「う、うん……」


 食いしん坊のミーファでも、流石に両手に抱えきれない量を手渡されてはどうすることもできないのか、渡された品を次々と俺に預けてくる。

 一通り見舞いの品を受け取った俺は、どうにか持ち直した様子のミーファに向かって話しかける。


「ミーファ、皆さんにお礼は言ったかい?」

「あっ……」


 その一言でまだ見舞いの品を貰った礼を言っていないことを思い出したミーファは、


「あ、あの……ありがとーございましゅ!」


 最初に貰ったリンゴを大切そうに胸に抱きながら、舌足らずな調子でお礼を言ってペコリ、と行儀よく頭を下げる。

 それを見た街の人たちは、


「いやいや、いいんだよ」

「うん、俺たちもミーファちゃんにいつも元気もらってるからね」

「ソラ様にもぜひ、よろしく言っておいてね」


 デレデレと頬が緩みっぱなしになりながら、嬉しそうに手を振ってくる。

 それを見て俺は、やっぱりね、と確信する。


 どうやら街の人たちは、既にミーファの魅力にメロメロになっているようだ。


 一部、ソラのファンと思しき人もいるようだが、総じて彼等が有効的なのは、三姉妹の魅力によるところが大きいようだ。

 特にここに集まった者の目的は、ミーファのある魅力にあるようだった。


「ねえ、ミーファちゃん……」


 集まった者の中で、恰幅のいい中年の女性が、菩薩のような笑みを浮かべてミーファの持つ林檎を指差しながら話しかける。


「そのリンゴ、今日もぎたてのとっても美味しい林檎なの。よかったら食べてみてくれない?」

「うん、わかった!」


 女性の提案に気前よく頷いたミーファは、大きく口を開けると、両手で抱えてたリンゴに齧りつく。

 シャクッ、と音を立ててリンゴを齧ったミーファは、小気味のいい咀嚼音を響かせる度に、みるみると顔の表情が豊かになっていき、尻尾が激しく揺れ出す。

 最後にゴクン、と顔を前後に動かしながら飲み込んだミーファは、


「このリンゴ、とってもおいしいよ」


 大輪のヒマワリを思わせるような輝かしい笑みでリンゴを食べた感想を言う。


 ……ああ、可愛いな。


 その笑顔を見た俺は、ミーファにつられるように思わず顔が綻ぶのを自覚する。

 周りを見ると、誰もが俺と同じように鼻の下を伸ばしてデレデレとしている。

 皆がミーファに色々と物をくれるのは、きっとこの顔が見たい為だろう。


 俺が初めてミーファと会って仲良くなった時も、この見ているだけで幸せな気持ちさせてくれる笑顔を見るために、色々と買い与えたものだ。

 やっぱりウチのお姫様は、皆を幸せにする天才だな。

 そんなことを考えながら、皆に愛されるミーファを誇らしげに見ていると、


「……ああ、このままじゃミーファがどんどん太ってしまう」

「…………あ」


 頭を抱えたシドの嘆くような声が聞こえ、俺は彼女が危惧していたことを思い出す。

 確かに考えてみれば、宿屋に住むようになって食生活は大幅に改善されたことは良かったが、宿屋に出てくる食事は、基本的に冒険者をベースに考えられているので、ミーファのような小さな子供には明らかに量が多い。

 ただ、食欲旺盛なミーファは、そんなボリューム満点の定食をいとも簡単に平らげたばかりなのに、今もこうしてリンゴを一つ食べてしまった。


 そうこうしている間にも、ミーファの食べっぷりを見て気をよくした人たちが、次は何を与えようかと相談しているのが見えた。

 ……流石にこれ以上、ミーファに何かを与えたら、シドの言う通りとんでもないことになってしまう。


「ミ、ミーファ、そろそろ行かないと、な?」

「そーなの?」

「そうだよ。リムニ様の屋敷で待ってるソラが、寂しいってミーファに会いたいって待ってるよ」


 ソラを話題に持ち出すのは卑怯だと思ったが、これ以上はミーファが本当におデブ一直線になってしまうので、やむを得ない。


「あっ、そっか」


 素直なミーファは、俺の言葉を真に受けたのかハッ、と顔を上げると、集まった人たちに再び丁寧にお辞儀する。


「あのね、ミーファ。おねーちゃんのところにいかないといけないから、バイバイするね」

「あっ、うん……またね」

「また明日も待ってるからね」

「ソラ様によろしくね」


 元気に手を振るミーファに、人々が口々に別れの挨拶をするのを確認した俺は、お礼の会釈をした後、彼女の手を取って足早にその場を後にした。


 このままでは、毎日あそこを通るたびにミーファに食べ物を上げる会が開かれてしまうだろう。

 それらの誘惑をどう上手く断ち切るか、明日までに考えなければならないと思うと、シドじゃないが、心配で胃が痛くなりそうだった。

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