第409話 読めない男

 クラベリナさんが放った攻撃は、リムニ様へと手を伸ばそうとするスールの延髄を狙った鋭い突きだった。


 完全な死角からの攻撃に、普通の人間であれば絶対に回避できないと思われた。


 だが、ダークエルフは後頭部にも目が付いているのか、クラベリナさんのレイピアが当たる直前で、またしてもスールの姿が掻き消える。

 そうすると、必然的にレイピアはその奥にいるリムニ様へと当たりそうになるが、


「――ヒッ!?」


 悲鳴を上げる彼女の可愛らしい鼻、その数センチのところでピタリと止まる。

 遅れてやって来た剣圧によって生まれた風で前髪が舞い上がり、涙目の顔が露わになったリムニ様は、不遜な従者に恨めし気な目を向ける。


「ク、クラベリナ、お前って奴は……」

「ハハッ、泣いた顔も可愛らしいですな。流石は私の領主様」


 リムニ様の非難の眼差しを受けても、クラベリナさんは涼しい顔一つ崩すことなく、ニヤリと不敵に笑ってみせる。

 しかし、次の瞬間には笑顔を引っ込めて真面目な顔になると、クラベリナさんはリムニ様を自分の腕の中へと抱きかかえながら叫ぶ。


「おい、スールとやら、聞いているのだろう? 私の領主様に触れようものなら、今度は確実にその首、落とすぞ」

「ほう……それは実に興味深い」


 すると、クラベリナさんの言葉に応えるかのように、スールが二人の前へと風のように一瞬で現れる。

 その目は俺がエルフだと指摘した時のように明らかな敵意が籠っており、スールが怒っているのは明白だった。


「私の邪魔をするとは女……貴様、自分の命が惜しくないのか?」

「フン、何を言っているのだ」


 だが、クラベリナさんは敵意を向けられても全く怯むことなく、堂々と言ってのける。


「私にとっては、領主様こそが私の命だ。その命に易々と他人が触れようとすれば、怒るのは当然であろう」

「…………」


 その言葉に、スールの目が大きく見開かれる。

 クラベリナさんの言葉に理解が追いつかないのか、大きく口を開け、ポカンと間抜けな顔を晒しているのに、常人とは思えない整った顔立ちのせいで、呆気に取られた顔ですら絵画のような美しさがあった。


 同じ顔を俺がしていたら、間抜けと笑われる未来しか見えないことに理不尽さを感じていると、


「クッ、ククッ……クハッ……ハハッ……ハーハッハッハッハッハ!」


 スールが体を折り曲げ、肩を震わせながら盛大に笑い始める。


「ハハッ、他人を指してそれを自分の命とか……そんなイカれた思考の持ち主がいるとは思わなかったぞ……ククク…………それにしても実に興味深い」

「……私からすれば、お前も大概だがな」


 散々な評価を下すスールに、よせばいいのにクラベリナさんもわざわざ言い返す。

 だが、幸いにもクラベリナさんの言葉は聞こえなかったのか、スールはおとがいに手を当ててリムニ様たちを遠慮なく眺めている。




「…………はぁ」


 どうやらスールの興味が完全にリムニ様たちに向かったようで、自由となった俺はひっそりと息を吐いて力を抜く。


「……コーイチ、大丈夫か?」


 大きく項垂れると同時に、シドがすぐ傍までやって来て手を差し伸べてくる。


「見せてみろ……血を吐いていただろう」

「あ、ああ……」


 シドの言葉に従い服をめくって腹を出すと、腰の上の一部が内出血しているのか、赤黒く腫れているのが見える。


「……酷いな」


 患部に優しく手を這わしながら、シドが心配するように尋ねてくる。


「見たところ骨が折れているようだが……痛むか?」

「痛いけど我慢できないほどじゃないよ……だけど、戦うのは無理かも」

「だろうな。これじゃあ……」


 シドは俺の傷を撫でながら、顔を上げてスールを睨む。

 その顔には明らかに怒りの色が灯っており、下手すれば今すぐにでもスールに飛びかかっていきそうな雰囲気だ。


 流石にその心配はないと思うが、万が一を考えて俺は手を伸ばすと、シドの引き締まっていて温かい手を握る。


「シド……わかっているとは思うけど、無茶だけはするなよ」

「わかってるよ。だけど悔しいじゃないか……」


 シドは下唇を噛み締めながら、涙目になって話す。


「いきなり現れたと思ったら、あっさりとエスクロを殺しやがって……これじゃあこの街を、ネームタグの脅威から解放するという目的が果たせないじゃないか」

「何だ。お前たちは従魔の札に用があったのか」


 するとシドの声を聞きつけたのか、スールが俺たちに視線を向けながら話す。


「よく見ればお前たちには、従魔の札が付いていないな。だからか……なるほどなるほど……」


 何に納得しているのかわからないが、スールは何度も頷きながら俺たちを順番に見ていく。


 俺たちがネームタグを装着していないと知ったスールは、一体何を仕掛けるつもりなのか。

 あいつが使う摩訶不思議な力は、言うまでもなくエルフが得意としているらしい魔法であろう。

 この世界に来て半年、魔法にも似た力をいくつも目の当たりにしてきたが、実際に魔法と呼ばれるものを目にするのはこれが初めてだ。

 その力は……言うまでもなく俺たち自由騎士が持つチートスキルと同じか、それ以上の性能を秘めているといっても過言ではない。


 体が痛いからといって、このままおとなしく奴が立ち去るとは思えないので、俺はいざという時に備えて何時でも動ける準備をしておく。


「……ふむ。まあ、いいだろう」


 何やら考えがまとまったのか、顔を上げたスールは思いもよらない一言を告げてくる。


「お前たちの功績に免じて、この街にある従魔の札を解除してやろう」

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