第402話 生きてこそ

「おにーちゃん!」


 集落に戻ると、開口一番、ミーファが駆け寄って来て俺に全力で抱きついてくる。


「おにーちゃん、おにーちゃん、おにーちゃん……」

「ミ、ミーファ、わかったから少し落ち着こうな」


 慕ってくれる気持ちは非常に嬉しいのだが、鳩尾に思いっきり体当たりを喰らったので、めちゃくちゃお腹が痛い。


「ミーファ、とりあえず一旦離れてくれないか?」

「やっ!」

「ミーファ、コーイチも疲れているんだからいい加減に……」

「いやっ! ミーファ、おにーちゃんといっしょがいいの!」


 だが、完全に甘えたいモードになっているミーファは、いやいやとかぶりを振って、さらにきつく抱き締めてくる。


「……やれやれ」


 これ以上は何を言っても無駄だと悟った俺は、シドに問題ないと手で制しながらミーファの体を抱き上げる。


「むふ~」


 抱き上げられたミーファは、ご満悦の表情を浮かべながら俺の首筋に頬擦りしてくる。

 その途端、ミーファのミルクのような甘い匂いが鼻孔をくすぐり、俺はやっと安堵する状況になったのだと自覚する。


 なんだかんだで、ミーファのわがままに一番癒されているのは俺なんだよな……。


 俺は愛らしいお姫様の頭を撫でながら、人が戻って火が灯された集落を見やる。


「そういえば、冒険者たちはどうなったんだろう」

「……いないな」


 俺とシドは集落内をキョロキョロと見渡してみるが、さっきまでいたはずの冒険者たちの姿が全く見えなくなっていた。


「ミーファ、ここにいた人たちは何処行ったかわかる?」

「わかんない。でも、どっかいった」

「どっか行ったか……」


 まあ、普通に考えれば、撤退したということだろう。

 だが、念のために後で誰かに聞こうと思いながら、冒険者たちがいなくなった集落の様子を見る。

 今は集落の人々が怪我をした者の治療と、亡くなった人たちの埋葬作業をしているのが見えた。


「おおっ、コーイチ。戻ったか」


 集落の人たちの作業を見守っていると、クラベリナさんを引き連れたリムニ様がやって来る。


 嬉しそうに手を上げるリムニ様の手は、マーシェン先生によるちゃんとした治療がされたのか、添え木と一緒に綺麗に包帯が巻かれていた。

 後ろに控えるクラベリナさんも、本来あるべきリムニ様を守る騎士としているからか、威風堂々とした佇まいで実に堂に入っている。


 そんないつも通りのスタンスに戻った二人を微笑ましく思いながら、俺はその後のことを聞いてみる。


「リムニ様、冒険者たちは……」

「ああ、案ずるでない。正気に戻った奴等なら地上に帰したぞ」

「正気に……戻った?」

「うむ……奴等、いきなり夢から醒めたかのように一斉に正気に戻っての……誰もが自分が何をしていたのかを正確に覚えておらんようだったから、処分は後にして今日は帰るように命じたのじゃ……無論、ジェイドの死体と一緒にな」

「そう……ですか」


 リムニ様によると、ジェイドが死んだという衝撃はかなり大きかったようで、誰もが肩を落として意気消沈した様子だったという。


 あの様子なら街で悪さをすることもなければ、逃亡を図ることもないだろうということだが、その辺の裁量はリムニ様に任せてしまっていいだろう。

 とにかく、これで集落の安全も保たれたわけだ。


「オホン……それで、コーイチ」


 集落の無事を喜んでいると、リムニ様が咳払いを一つして神妙な顔で質問してくる。


「どうだった。あ奴を……ユウキを倒せたのか?」

「ええ、まあ……一応」


 そう前置きして俺は、リムニ様にユウキとの戦いの一部始終を話した。




「そうか、巨大アリゲーターがのう……」


 俺から話を聞いたリムニ様は、整った眉を八の字にしながら腕を組む。


「そのような獣がこの地下にいるとは聞いていたが……実在していたとはのう」

「獣……やっぱり魔物じゃなかったんですね?」


 ということは巨大アリゲーターには、アニマルテイムのスキルが有効となるだろうから、あの時聞こえた声は、やっぱりあの鰐の声に間違いないようだ。


「なんじゃ、コーイチは知っておったのか?」


 もっともったいぶるつもりだったのか、リムニ様は拍子抜けしたという風に肩を竦める。


「そうじゃ、アリゲーターは魔物ではない。この街の歴史書によると、元々は街の近くにあった沼地のヌシとして記されており、近付く者を容赦なく喰らうておったようじゃ」

「そ、それがどうして街の地下に?」

「わからん。何時の頃から沼地が枯れ、ヌシも姿を見せなくなったとあったが……まさか街の地下に住み着いていたとはのう」

「ということは、あの巨大アリゲーターの年齢は?」

「さあのう……少なくとも、百年以上は生きているはずじゃ」

「ひゃ、ひゃく……」


 やはりというか、一匹の鰐があれだけのサイズに成長するには、かなりの年月が必要なようだ。

 あの巨大アリゲーターが一体どれだけの歳月を生きて来たかはわからないが、管理者用のネームタグによる支配を受け付けなかったのは、アリゲーターが魔物でなかったからのようだし、俺を助けてくれたのも偶然ではなかったのかもしれない。


 同じ能力を持っているはずなのに、どうして俺にだけアニマルテイムの力があって、ユウキにないのかわからないが、近いうちに今日の礼を言うためにあの巨大アリゲーターに会いに行こうと思った。



 管理者用のネームタグを使い、散々人の運命を弄んで来た男の末路が、一匹の鰐を獣と知らずに操ろうとして失敗したというのだから、何とも情けない話である。

 だが、俺が生きて来たこの世界は、いとも容く無双させてもらえない難易度ハードコアの世界で、チートスキルがあろうとも、たった一つの判断ミスであっという間に死ぬのも珍しくない。

 何か一つでもボタンの掛け違いがあれば、死んでいたのはユウキではなく俺だった可能性も十分ある。


 俺が生きているのはそういう世界であり、これもまた現実だと思った。

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