第386話 秘密の通路

 アラウンドサーチを使い、誰もいないと確認したはずの倉庫からレンリさんが出てきた理由はわからないが、彼女のお蔭で状況が動いた。


「レンリさん、ナイス!」


 俺はレンリさんの勇気ある行動に敬服しながら、彼女たちを助けるために前へ出ると、シドたちもそれに続く。

 だが、


「なっ!? こいつっ!」


 いち早く正気に戻ったユウキが落とされたナイフを拾い、逃げるソラたちに向けて投げる。


「――っ、危ない!」


 救助は間に合わないと察して俺は必死に声をかけるが、逃げるのに必死な二人は、後ろに注意を向ける余裕はない。


「ソラ! レンリさん!」


 俺は必死になって手を伸ばすが、その甲斐空しく集落内に鮮血が舞う。

 ユウキが投げたナイフは、ソラと一緒に逃げていたレンリさんの背中を切り裂いた。


「レンリさん!」


 血を吹き出しながら倒れるレンリさんを見て、一部始終を見ていた俺は信じられない思いだった。

 ユウキが投げたナイフは、真っ直ぐソラへ向かって飛んでいた。


 それがレンリさんに刺さったのは、彼女が身を挺してソラを庇ったからだった。

 どちらかというとソラとは折り合いが悪く、出会う度に彼女に向かって嫌味を言っていたレンリさんが、まさか危険を冒して助けてくれるだけでなく、身を挺して庇うとは思わなかった。


「このっ!」

「卑劣な真似を……」


 倒れるレンリさんを見て、シドと泰三の二人がユウキへと襲いかかる。


「クッ、仕方ありません!」


 迫る二人に対し、ユウキは懐から何かを取り出して水平に振るう。

 すると、空中に何やら白い粉のようなものが撒かれる。


 これは……それが何かを俺が察すると同時に、


「うわっ、ペッペッ……何だこれ辛い!」

「クッ……目潰しとは卑怯な」


 シドと泰三が、苦しそうに呻きながら堪らず身を引く。


「ハハッ、卑怯と罵るなら、そこの男も私も同じですね」


 やはり俺と同じ灰と刺激物を混ぜた物を撒いたようで、ユウキは高笑いを響かせながら、まんまと二人の追撃から逃げてみせた。



 ユウキを取り逃してしまったのは惜しかったが、それより今はレンリさんの方が気がかりだ。


「コーイチさん……レンリさんが……私を庇って」


 俺は涙目で訴えてくるソラに黙って頷くと、苦悶の表情を浮かべているレンリさんのすぐ傍に膝を付いて彼女の傷の具合を見る。


「レンリさん、すみません。背中、見せてもらいますね」


 俺はレンリさんに断りを入れてから、ナイフを取り出して彼女が着ている服を引き裂く。

 服を大きく切り裂いて露わになった白く透き通った肌に、男として思わず目を奪われそうになるが、こんな緊急事態に……しかもソラが見ている前で鼻の下を伸ばしている場合ではないので、俺は真剣な顔で傷口の様子を凝視する。


 刺さったのが背中なだけに、下手したら命に関わってくるが……、


「…………ソラ、大丈夫だよ」


 傷口が致命傷には至っていないことがすぐに見て取れたので、俺はソラに向かって微笑む。


「幸いにも傷は深くないよ。きっと正面から受けなかったから、ナイフが刺さらなかったんだ」


 とはいっても、切り裂かれた面積は広く、結構な量の血が流れているので、早いところ処置してしまうことに越したことはないだろう。


 だが、ここから先は男の俺がやってもいいのだろうか?


 緊急事態で女性の命を救ったはずなのに、配慮が足りなかったと後でセクハラで訴えられるということは珍しくないらしい。

 となるとここは、やはりソラに頼んだ方がいいのかもしれない。

 そう思っていると、


「何してるのよ。早く治療してよ」


 脂汗を浮かべたレンリさんが、俺の方をちらりと見ながら話す。


「もしかして、私が女だからって遠慮してるの?」

「えっ……そ、その……はい」

「だったら気にする必要はないわ。私がどんな仕事をしていたか知ってるんでしょ?」

「…………それとこれは関係ないですよ」

「そう……だったらそういうのとは関係なく遠慮しなくていいわ。あなたに裸を見られることよりも、万が一傷跡が残る方が女として一生後悔するわ。だからお願い……」

「……わかりました」


 そこまで言われては拒む理由はない。

 だが、それでも全てを一人でやる必要はないので、


「ソラ、手伝って」

「は、はい!」


 俺はソラを誘いながら、レンリさんが着ている服を脱がしていく。




 戦闘で使う道具は使い切ってしまったが、クエストに出かける時の必備品はまだ残っているので、俺はポーチから軟膏薬と包帯を取り出して、ソラと一緒にレンリさんの治療をする。


 レンリさんの背中は普段から手入れに気を使っているのか、とても瑞々しく、スベスベとしていて、治療をしているはずなのに、なんだからイケないことをしている気持ちになる。

 レンリさんは、傷口に髪が入らないように髪を上に持ち上げているので、妙に艶っぽい白いうなじがよく見え、片手で隠しているものの、背中越しに彼女の控えめながらもしっかりと主張している乳房まで目に飛び込んでくる。


「…………」


 このままでは気が散って仕方がないので、俺は気を紛らわすためにレンリさんに話しかける。


「レンリさん、ソラを助けてくれてありがとうございました」

「……気にしないで、たまたま体が動いただけよ。別にあなたのためにやったわけじゃないわ」

「……それでもありがとうございます」


 ツンデレのテンプレートのような台詞に思わず苦笑してしまったが、レンリさんの耳が赤くなっていることから、どうやら彼女は照れているようだった。


 彼女の傷口に軟膏を塗り終えたので、俺はレンリさんの体に包帯を巻きながら、ずっと気になっていたことを尋ねる。


「そういえばレンリさん、倉庫の中から出てきましたよね?」

「ええ、それが何か?」

「実は俺、倉庫の中には誰もいないことを確認していたんです。でも、レンリさんはその倉庫から出てきた……あなたは一体、何処から来たんですか?」

「ああ、なんだそのことね」


 困惑する俺に、レンリさんは長い尻尾をゆらゆらと揺らしながら説明してくれる。


「あなら、私が働いていた店とこの倉庫が繋がっているって言ったら信じる?」

「えっ? ま、まさか……」

「そのまさかよ。あの倉庫には、あの店に続く秘密の通路があるの。あなた達が出て行った後、下水道の扉を開けようとする連中が来たから皆で避難していたの」

「そ、そうだったんですね……」


 そういえばあの違法風俗店には、建物の真ん中を通る店の女の子だけが使える秘密の通路があった。

 まさかその通路が集落に続いているとは思わなかったし、女の子にしか使えないという理由もわかった。

 その道が獣人の集落に続いているのなら、女の子しか使えなくて当然だった。


 これでシドが戻って来た時、集落内に誰もいなかった理由がわかった。


「じゃあ、レンリさんはどうして戻って来たのですか?」

「ああ、それはね、助っ人を連れてきたの」

「す、助っ人?」


 思わぬ一言に目が点になる俺に、レンリさんはニヤリと笑ってみせる。


「ええ、絶対に無理だと思ったのだけど、お願いしたらあっさり聞き入れてくれたわ……あなたのお蔭でね」

「えっ? それってどういう……」


 意味? と聞こうと思ったその時、俺は倉庫の入口から誰かが現れる。


「あっ……」


 その人物は、俺がよく知る人物だった。


 流れるような美しい金髪に、豊満な肢体を包むのは、肌の露出している部分の方が多い赤いビキニアーマーに黒いマント、武装は腰に吊るしたレイピア一本だけという何もかもが足りてないと言っても過言ではない格好……、

 戦場でそんな扇情的な格好をする人物は一人しかいない。


「やあ、コーイチ。お姉さんが来てやったぞ」


 現れたクラベリナさんは、豊満な胸を持ち上げながらニヤリと不敵に笑ってみせた。

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