第314話 臆病者

「う、うわああああああああああああああああああああぁぁ!!」


 迫りくる巨大な柱を前に、泰三は悲鳴を上げながら慌てて逃げ出す。

 何処に逃げればいいかなんてわからない。とにかく、少しでも距離を離さなければと思うのだが、如何せん重力に従って落下してくる重量、数百キロに及ぶ石の柱の方が圧倒的に速い。

 決してキングリザードマンの力を侮ったつもりはない。だが、追い詰められた魔物が見せた想定外の行動に、泰三は自分の想定の甘さを悔いる。


(だ、駄目だ……避けられない)


 迫る巨大な柱を前に、泰三は全てを諦めて体の力を抜くと同時に、


「うげええぇ!」


 背後から何かが物凄い勢いでぶつかってきて、泰三の体は逆くの字に折れ曲がりながら、逃げてきた方向へと吹き飛ぶ。

 次の瞬間、石の柱が地面に激突して、地響きを上げながら辺り一面を覆う砂煙が舞った。




「タイゾー君!」


 石の柱に巻き込まれた泰三を見て、ジェイドは思わず声を上げる。

 自警団をまとめている泰三に何かあれば、この戦線は完全に崩壊する。

 そう危惧しているジェイドは、衝撃波と共に襲ってきた砂煙に顔をしかめながら、状況を見守る。


 すると、


「…………ゲホッ、ゲホッ!」


 砂煙で視界が奪われた向こうから、泰三の苦しそうに咳き込む声が聞こえ、ジェイドは密かに安堵する。


「……さて、これは俺もボーッ、と見ている場合じゃないな」


 経験の浅い若人たちが頑張っているのだから、ベテランである自分も負けていられない。

 ジェイドは自身の大剣を構え直すと、泰三のフォローをするために駆け出した。




「ゲホッ……な、何が起きたんだ」


 どうにか石の柱に潰されることだけは免れた泰三は、痛み、なにかが乗っかっているかのように重い腰に目を向けると、誰かが腰にしがみついていることに気付く。


「あ、あの……」

「……生きてるか?」


 泰三が声をかけると、腰にしがみついている者が顔を上げ、声をかけてくる。


「余計なお世話だったか?」

「い、いえ、助かり……ました」


 呆然と礼を言いながらも、泰三の目は助けてくれた者のある一点に釘付けになっていた。

 それは助けてくれた者の頭部に付いている、犬のものと思われる大きくて垂れた耳だ。


 獣人の証である獣の耳を見ながら、泰三は獣人の彼が自分を助けてくれたことに驚きを隠せないでいた。


「どうした? 獣人である俺がお前を助けたことが気にくわないか?」

「あっ、いえ、その……はい」


 この街における自警団と獣人の関係について、それなりに知識を持っている泰三は、彼の行動が理解できず、素直に頷く。


「……フン、今回はたまたまだ」


 泰三の疑問に、獣人の男性は額から流れてきた血を拭いながら話す。。


「コーイチがお前を頼った。だから、助けたまでだ」

「コーイチ……あの人の……」

「そうだ。だから礼を言うなら俺ではなく、コーイチに感謝するんだな」


 吐き捨てるようにそう言った獣人の男性は、役目は終わったとばかりに泰三に背を向ける。


「悪いが俺にできるのはここまでだ。自警団と手を組むのは……あり得ない」

「そうですか。ありがとうございます。その…………」

「ココだ」


 戸惑う泰三に獣人の男性、ココはちらりと一瞬だけ目配せして自己紹介をする。


「俺は犬人族いぬびとぞくのココ。尤も、自警団であるお前が覚えておく必要はないだろうがな」

「そ、そんなことありません。ありがとうございます。ココさん」

「……礼はいい。それより、もう砂煙が晴れて奴が動く……死ぬなよ」


 ココはそう言って泰三に向けて親指を立てると、今度こそ消えるように颯爽と立ち去っていった。



「さて……」


 砂煙が晴れていくのを見ながら、泰三はキングリザードマンの方を見る。


「――ッ、キシャアアアアアアアアアアアアァァ!」


 泰三が無事なのを確認したキングリザードマンは、叫び声を上げながら鬱憤を晴らすかのように近くの瓦礫の山を巨大な拳で叩き潰す。


「…………」


 怒り狂うキングリザードマンの様子を見ながら、泰三の中にある疑問が浮かぶ。

 石の柱を投げたキングリザードマンは、それで泰三のことを倒したと思ったのか、どうしてか追撃を仕掛けて来なかった。


(いや、仕掛けられなかったのかもしれない)


 よく見れば、ディメンションスラストで傷付けたキングリザードマンの足からは、未だに止め処なく血が流れて来ている。

 おそらく、キングリザードマンに進化してから、一度も傷付けられたことがないであろう体に初めて傷を負ったのだとしたら、奴は必要以上に泰三を警戒しているかもしれない。

 だとすれば、視界が悪い中、危険を冒してまで攻撃を仕掛けてこなかったことも頷ける。


(もしかしたら奴は、見た目の割に、思ったより慎重を期すタイプなのかもしれない)


 そうだとしたら、奴を特定の場所に誘い込むのは容易かもしれない。

 そう思った泰三が、再び移動を開始しようとすると、


「ギャアアオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォ!!」


 キングリザードマンは、今度は一メートル程の瓦礫を掴み、泰三へと投げつける。

 だが、


「甘いぜ!」


 泰三の前に、ジェイドが体を滑り込ませて、大剣で飛んでくる瓦礫を後方へと受け流す。


「さあ、タイゾー君、防御は俺に任せて、早く目的地へ」

「は、はい、ありがとうございます。でも、もう大丈夫です」

「……えっ?」

「奴はもう、僕の手の平の上ですから」


 泰三は自信を持って笑顔を見せると、キングリザードマンへ向けて駆け出した。

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