第315話 渾身の一撃

「――ッ、キシャアアアァァ!」


 走り出した泰三を見て、キングリザードマンは奇声を上げながらも一歩後ろに後退りする。


(やっぱり……)


 それを見て、泰三は確信する。


(ダメージを与えられる僕を、奴は警戒している)


 走りながら泰三が長槍を構えると、キングリザードマンは怯えるように一歩後ろに下がる。

 こうなると、後はキングリザードマンを御するのは容易い。

 泰三は長槍を構えたり、立ち位置を変え続けることで、キングリザードマンを所定の場所まで誘い込む。


 そうして、見事にキングリザードマンを第二候補となる理想の場所に誘い込んだ泰三は、


「リッターさん、頼みます」


 背後に控えているであろう仲間に声をかけると、手にしている槍を放り投げた。




「――キシャッ!?」


 いきなり獲物である長槍を放る泰三を見て、キングリザードマンは訳が分からず、何かを探るようにその場で固まる。


(……やっぱり、奴はかなり警戒しているな)


 こっちが武装を解除したのに拘わらず、キングリザードマンは威嚇はしても、一向に攻めて来る気配を見せない。

 おそらく、泰三がまだ何かを隠し持っていると考えているのだろう。


 その考えは半分正解だ。

 実際のところ、長槍を捨てた時点で泰三には何の力も残っていない、無力も同然だった。

 だが、ここまで隙を晒して尚、キングリザードマンは攻撃を仕掛ける素振りを見せない。


「…………ふぅ」


 この展開は、少々予想外だったと泰三は心の中で小さく嘆息する。

 魔物というものは、猪突猛進、本能のままに戦うしか能がないと思っていたのだが、立場や地位を得ると、魔物ですら多少は慎重になるようだ。


 しかし、このまま何時までもキングリザードマンと対峙している場合ではない。

 泰三は、どうやってキングリザードマンに攻撃させようかと考えながら周囲を見る。


「あっ……」


 そこで泰三は、ふとあることに気付く。


(そういえば、僕の作戦が上手くいったところで、どうやってあいつは知るんだ?)


 せっかくキングリザードマンの隙を作っても、絶好タイミングで浩一が現れなければ、スタンが解けてしまう可能性もある。

 そうならないためにも、泰三は浩一に何かしらの合図を送るべきだと考える。


(そう……だな)


 そうして連絡手段を考えた泰三は、両手を天高く掲げると、


「ほらほら、かかってこいよ!」


 自分が手に嵌めているガントレットをガンガン、と打ち鳴らしながらキングリザードマンを挑発する。

 泰三はどうしてそのような行動を取ったのかはわからないが、こうすれば浩一は絶対に状況を理解してくれるという謎の確信があった。


 そして、いくら冷静に立ち回っても、煽り耐性がないキングリザードマンは、


「ギャアアオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォ!!」


 挑発は絶対に許さないと、雄叫びを上げながら泰三へと襲いかかった。




「――っ!?」


 アラウンドサーチで状況を見守っていた俺は、ガンガン、という金属を打ち付けるような音を聞いて、ハッ、と顔を上げる。


「……コーイチ?」

「合図だ!」


 訝し気に声をかけてくるシドに、俺は白い歯を見せて笑う。


「泰三の奴……記憶はなくなっても、俺たちの戦い方のセオリーは忘れてないじゃないか」

「ま、待て、本当にこのタイミングでいいのか?」

「間違いない。きっと今にも奴が……」


 その時、玄室内を震わせるキングリザードマンの雄叫びが聞こえる。


「ほら、間違いない!」


 俺は腰を上げると、身を隠していた瓦礫から飛び出す。

 一気に瓦礫の山を駆け上がると、今まさにキングリザードマンが泰三に攻撃を仕掛けようとしているところが見えた。


 泰三に挑発されたのか、完全に頭にきている様子のキングリザードマンは、俺に攻撃を仕掛けた時と同じく、組んだ両手を勢いのまま振り下ろす。

 キングリザードマンが腕を振り落とすと同時に、鉄仮面の偉丈夫が音もなく泰三の後ろから現れ、二枚の大盾を天高く掲げる。


 瞬間、キングリザードマンの拳とリッターの大盾がぶつかり、カアアァァァン! という甲高い音が玄室内に響き渡る。

 衝撃でリッターの体が床の石畳を割りながら僅かに沈むが、キングリザードマンの体がそれ以上の衝撃を受けたかのように大きくのけ反る。


「よしっ!」


 まるでリフレクトシールドを受けたかのように、仰け反った状態でスタンするキングリザードマンを見て、俺は唇の端を吊り上げて笑う。

 確信を持って走り出していたので、キングリザードマンのスタンが解けるより、俺の方が早く奴の背中に張り付くことができるだろう。


 俺は瓦礫の上を転ばないように駆けながら、キングリザードマンの背中に張り付く距離を目算で測るが、


「…………あれ?」


 思ったより、遠くない?

 ここまで来たところで、俺はもしかしたらキングリザードマンの背中に張り付けないのでは? と考える。

 キングリザードマンが瓦礫を壊したのか、隠れる前と比べて少し地形が変わっているようで、特に俺が目算を立てていた巨大な柱の残骸がなくなってしまっている。


 もしかしたら……いや、もしかしなくても俺の脚力ではキングリザードマンの背中に届きそうにない。

 そう思っていると、


「コーイチ!」


 シドが俺を抜き去って瓦礫の端まで辿り着くと、こちらを向いて足を開き、両手を組んで股の下で手の平を上にして構える。


「あたしが奴の下まで連れて行ってやるから、来い!」

「シド……助かる」


 一瞬で俺の状況を理解してくれたシドに感謝しながら、俺は走り続け、勢いを殺すことなく彼女の手の上に足を乗せる。


「いっけえええええええええええ!」


 それと同時に、シドは両手を大きく振り上げて、俺をキングリザードマン目掛けて放る。



 シドによって宙へと舞った俺は、腰からナイフを構えて仰け反ったまま固まるキングリザードマンの背中を凝視する。

 すると、キングリザードマンの背中にジワリと黒いシミが広がるが見える。

 俺は慌ててナイフを取り落とさないように両手でしっかりと握ると、


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉ!!」


 そのままキングリザードマンの背中にぶつかるながら、奴の背中に浮かんだ黒いシミへとナイフを突き立てた。

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