第310話 喜びと悲しみと

 突如として現れた自警団の制服に身を包んだ鉄仮面の人物に、俺はどう接するべきか悩む。


 もし、先程の力が雄二と同じリフレクトシールドならば、あの人物もまた、俺たちと同じようにグラディエーター・レジェンズ経由でこの世界にやって来た可能性が高い。

 もし、あの人が自由騎士であるならば、協力関係を築くことができればキングリザードマンを倒せる算段が付くといっても過言ではない。

 もう一度キングリザードマンの攻撃をリフレクトシールドで弾いてくれれば、その隙に俺が奴の背中に攻撃を仕掛けるのは容易だからだ。


 ……試しに、話しかけてみようか。


 そんなことを思いながら、俺が腰を上げると、


「まさか、本当にこんなところまで来ているとは思いませんでしたよ」


 背後から、コツコツという硬質な足音を響かせながら、聞き覚えのある声が聞こえる。


「あなたには自分が賞金首であるという自覚はないのですか?」

「泰三……」


 鉄仮面の人物と同じ、青と白の自警団に身を包み、愛用の長槍を手にしたかつての親友に目を向けると、泰三は嫌そうに俺から目を背ける。


「気安く話しかけてないで下さい。僕には、あなたのような犯罪者の知り合いはいません」

「お前、本当に俺が何かしらの罪を犯したと思っているのか?」

「少なくとも、違法風俗店に行ったのは間違いないでしょう」

「うぐぅ……」


 それを言われると、俺としては返す言葉が無くなってしまう。

 ぐうの音も出なくなった俺を見て、泰三は呆れたように嘆息する。


「……全く、今はそんな話をしている場合じゃないでしょう」

「えっ?」

「倒すんでしょ? あの化物を……」


 そう言って泰三は、キングリザードマンを睨む。


「全く、我々の足元にあんな化物共が巣くっていたなんて考えただけでも恐ろしい……こっちこっちで奴に挑みますから、あなた達は精々、我々の足を引っ張らないようにして下さい」


 そう吐き捨てるように言った泰三は、そのまま立ち去ろうとするので、


「ま、待った。待ってくれ、泰三」


 俺は慌てて泰三の背中に声をかける。

 無視されるかもしれない……そう思ったが、


「……何ですか?」


 泰三は律儀に立ち止まって俺に再び向き直ってくれる。


「用があるなら、早くしてください」

「あ、ああ……実はあの人物のことなんだけど」


 そう言って俺は、鉄仮面の人物がいた方を指差すが、


「……あれ?」


 そこには既に、件の人物はいなくなっていた。

 それどころか、いつの間にかキングリザードマンの姿まで見えなくなっている。


「そ、そんな……どうして」

「なんですか。誰もいないじゃないですか」

「ち、違うんだ。そうじゃなくて……」


 まさか今までの出来事は全て幻だったのか? 一瞬だけ自分の記憶力を疑うが、すぐに「キシャアアアァァ」という耳障りな奇声と、何かがぶつかる音が聞こえ、戦場が移別の場所に移っただけで、そんな訳ないとかぶりを振ると、改めて泰三にさっきの人物について問う。


「自警団に両手に大盾を持った大柄な人物がいるだろう。その……頭に鉄仮面を被っている」

「ああ、リッターのことですか。彼がどうかしたのですか?」

「どうしたって……お前、あの人の力を見て何とも思わないのか?」

「……どういう意味ですか?」


 俺の質問の意図が掴めず、泰三は眉を顰めながら首を捻る。

 どうやら泰三は雄二の記憶だけでなく、あいつが持っていたスキルも綺麗さっぱり忘れてしまっているようだ。


 なら、リッターという人物が、リフレクトシールドを使ったことを知らなくても無理はない。

 ならば、教えてやるのが情けだろうと考え、俺は泰三に指摘してやることにする。


「あのリッターという人物、お前や俺と同じ自由騎士の可能性があるぞ」

「はぁ!? そんな訳ないでしょう」


 俺の意見を、泰三はあっさりと斬って捨てる。


「あの方は、つい最近自警団に入った新人です」

「えっ、そうなの?」

「もし彼が自由騎士ならば、僕より後にこの世界にやって来たということになりますが、そんな話は聞いたことありません。だから、あなたの言っていることは全くのでたらめですよ」

「そ、そんな馬鹿な……」


 泰三の答えを聞いた俺は、愕然としたように立ち尽くす。

 では、さっき見たあの力は、彼の……リッターの自力ということだろうか。

 キングリザードマンの全力の叩き潰すような攻撃を、二枚の大盾を使って弾き飛ばすとなると、一体どれだけの怪力の持ち主だというのだろうか。


 だが、考えてみれば、リフレクトシールドは相手の攻撃を跳ね返すことはできるが、威力そのものが減衰するわけではない。

 つまり、リッターという人物は、キングリザードマンの攻撃を真正面から受けても、屈することない脅威の身体能力の持ち主だということだ。


「……もういいですか?」


 俺からの追究がないとみた泰三が、大きく嘆息しながら肩を竦める。


「一つ言っておきますが、リッター……あの人は心に深い傷を負っているとのことで、顔を晒すことができないそうです。あなたが彼に何を期待しているのかわかりませんが、余計な真似はしないでください。特に……」


 そう言って泰三は、槍を軽々と回したかと思うと、切先を俺へと向ける。


「僕にしたように、余計なことを言って惑わそうとするなら、この槍があなたを貫くこと、ゆめゆめ忘れないように」


 俺への殺害予告ともとれる言葉を吐いた泰三は、キングリザードマンと対峙するために瓦礫の山を華麗な身のこなしで越え、去っていく。


「泰三……」


 俺を槍で貫くと宣言した時、声には全く迷いが感じられなかった。

 やはり、雄二を処刑したという経験が、泰三から人を殺すことへの躊躇いを払拭させたのだろうか。


 戦士としてどんどん成長していく泰三を見る度、嬉しく思う気持ちもあるが、俺と泰三の距離がますます広がり、もう二度と高校生の時の様な親しい関係に戻れないのかもしれないと、思わずしんみりとしてしまうのであった。

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