第309話 いつか見たスキル

 視界の端でキングリザードマンの拳を下ろした時、俺とシドはまだ、ベアさんを瓦礫の下から引っ張り出すことができないでいた。


「もういい……もう、逃げてくれ!」


 ベアさんが悲痛な叫び声を上げて懇願するが、俺とシドはそれでも逃げ出さなかった。

 あと少し、あと少しでベアさんを救うことができるのだ。

 ベアさんは獣人たちにとって必要な人材だし、こんなところで死んでもらっては困る逸材だ。


 俺もシドもそれがわかっているから、何と言われてもここを離れるつもりはなかった。


「お願いだ。二人を……巻き込みたくないんだ」


 目から滂沱の涙を流しながら泣き出すベアさんに、


「うるせええええええええええええええええええええぇ!」


 シドが叫びながら、これまでより強くベアさんの体を引っ張る。

 すると、これまで少しずつしか動かなかったベアさんの体が、嘘みたいにあっさりとすっぽ抜けるように瓦礫の下から出る。


「おわっ!?」

「うごぉうわ!」

「キャッ!」


 だが、引っ張る力が強過ぎた所為か、勢い余って俺とベアさんは、絡まりながら無様に床を転がり、シドはさらに奥へと消えていく。


 そして、それは今、このタイミングでは正に最悪だった。


 何故なら、倒れた俺たちのすぐそこまで、キングリザードマンの拳が迫っていたからだ。


「「いやああああああああああああああああああああああああぁぁぁ!!」」


 どうにもならない事態に陥っていることを察した俺とベアさんは、互いの体を抱き締めながら揃って悲鳴を上げる。


「しまっ!?」


 自分の失態に気付いたシドが慌てて俺たちに駆け寄ろうとするが、とてもじゃないが間に合わない。


 もうダメだ。絶対に助からない。

 ごめん、シド。俺、君に言いたいことがあったんだ。

 迫りくる巨大な拳を見ながら、俺は自分の想いをシドに伝えなかったことを激しく後悔した。


「……クッ」


 せめて死ぬなら、即死して痛みは長引かないでくれよ。

 そんなことを考えていると、俺たちの前に何者かの影が飛び込んでくる。


「……えっ?」


 一体誰が、と確認するより早く、キングリザードマンの拳が俺たちの前に飛び込んで聞きた影と衝突する。


 次の瞬間、カアアァァァン! という金属がぶつかるような甲高い音が響き、


「うわっ!?」


 続けてやって来た衝撃波に、俺の体はベアさんから離れて再び転がる。

 そのまま数メートルは吹き飛ばされた俺は、このまま壁にぶつかるかと思って身を屈めるが、


「コーイチ!」


 それより早く、駆け寄ってきたシドが俺の体を抱き止めてくれる。


「コーイチ、大丈夫か?」


 俺を抱き止めたシドは、安堵の溜息を吐きながらきつく抱き締めてくる。


「すまなかった……あたしが考えなしに動いたから」

「い、いや、大丈夫……大丈夫だから」


 容赦なく全力で抱き締めてくるシドに、俺は赤面しながら健在ぶりをアピールする。

 平時であればこのままイチャつきたいと思うところだが、流石に今は照れている場合ではない。

 俺は転がった影響で、世界がぐるぐると回り続けている中、どうにかして何が起きたのかを確認する。


「い、一体何が…………いや、誰が来たんだ?」

「わからない。ただ、いきなりあいつが現れて、コーイチたちの盾になってくれたんだ」

「そ、そうか……」


 シドの説明を聞きながら、俺はようやく平衡感覚が戻って来た目で、助けてくれたであろう人物を見やる。

 ベアさんやジェイドさんでも受け流すことしかできなかったキングリザードマンの拳を、正面から受け止めるなんて、そんな冒険者いただろうか? そう思っていると、


「…………えっ?」


 その人影を見た俺は、信じられないものを見たかのように唖然と口を開ける。


 人影はベアさんよりも大きい、二メートル以上もある巨大な体躯の持ち主で、素顔を晒したくないのか、頭をすっぽりを覆うような鉄仮面を被り、両手に一メートル以上はある巨大な盾をそれぞれ持っていた。

 だが、特筆すべきは目を見張るほどの大きな体でも、頭を覆う武骨な鉄仮面でも、尋常でないサイズの二枚の盾でもない。その人物が纏う衣服だった。

 青と白を基調としたまるで僧侶を思わせるような服装……そう、それはグランドの街を守る自警団の制服だった。


 しかも、驚くべきはそれだけじゃない。


 攻撃を仕掛けたはずのキングリザードマンが、大きく仰け反った格好で固まっていたのだ。


「グギャ…………ギャ…………」


 キングリザードマンも何が起きたのか理解できていないのか、口からダラダラと涎を垂らしながら、驚愕の表情で自分の攻撃を防いだ自警団の制服に身を包む者を睨む。


 この状況を、俺はよく知っている。

 そう、それはまるで……、


「リフレクト…………シールド?」


 そう、この世界に俺と一緒にやって来たが、志半ばで死んでしまった親友、戸上雄二が持っていたナイトの最終スキルであるどんな攻撃も跳ね返し、一定時間行動不能にするスキルだ。

 どうして、この人物が雄二と同じスキルを持っているのか。

 流石に雄二が生きていたという可能性はないだろうから、考えられる可能性は一つしかない。


「もしかして、俺と同じ自由騎士……なのか?」


 そう呟きながら、俺は本物のナイトのように悠然と仁王立ちする巨大な人影を、呆然と眺めていた。

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