第299話 表舞台へ……
肉食獣と草食獣を見分ける方法はいくつかあるが、その中の一つに、目の付き方というものがある。
獲物を捕らえ、喰らう肉食獣は、獲物を追いかけやすいように目が前方に付いており、草食獣は、捕食者から逃げるために視野が広くなるように目が左右に付いている。
他にも歯の形や体の内部構造など、見分ける方法はいくらでもあるのだが、何が言いたいかというと、リザードマンは目が前方に付いているので肉食獣だということだ。
そして、肉食獣であるということは、草食獣と比べて視界は狭いということである。
「ギギッ!?」
暗闇の中、冒険者たちの背後を取るべく移動していた青い鱗のリザードマンウォーリアーは、前方に何やら人影を見つけて、腰を落として臨戦態勢を取る。
「――っ!?」
すると、その人影は何を思ったのか急に背を向けて逃げるように移動する。
「…………キキッ」
それを見たリザードマンウォーリアーは、思わず唇の端が吊り上げて肩を揺らして笑う。
どうやら奴は、自分の姿を見て恐れを抱いて逃げ出したらしい。
そう判断したリザードマンウォーリアーは、相手を追撃するためにドタドタと足音を鳴らしながら駆け出す。
相手は普通の人間と違って夜目が利くようだが、それでも自分の前に出てきたのが運の尽きだ。
背後から襲い、動けなくしたところで頭から喰らってやろう。
リザードマンウォーリアーは、人間の味を思い出して「ジュルリ」と音を立てながら舌なめずりをする。
あの人間を狙っているのは、自分一人だけだ。
ここにはあのお方がいるが、今なら誰にもバレずに、頭のてっぺんからつま先の先まで独り占めにすることができる。
より多くの肉を喰らえば、いつかは自分も王の高みへと昇りつめることができるはずだ。
魔物らしく、自分の利しか考えていないリザードマンウォーリアーは、獲物を狙う肉食獣のように、目の前の逃げる獲物だけに集中していた。
だから、自分のすぐ脇から何者かが忍び寄ってくることに気付くことはなかった。
……かかった!
囮役を買って出たシドを見つけたのか、駆け出したリザードマンの足音を聞いて、俺は奴の背後に回るため、足音を立てなうように滑るように移動を開始する。
獲物を狙う時のリザードマンは、相手に固執する執念は凄まじいものがあるが、周りに対する配慮が極端に欠けるのは、これまでの経験で理解している。
普通なら自分を中心に、最低でも百八十度程度の視野はあると思うのだが、魔物の本能がそうさせるのか、真横から迫っても気付かれることはない。
俺は腰に吊るしてあるナイフを取り出すと、足音を頼りにゆっくりと移動しながら暗闇の中を凝視する。
すると、真っ暗闇の空間に、例の背中に見える黒いシミが見える。
俺はシドやリザードマンのように夜目は効かないが、それでもバックスタブのスキルで見える黒いシミだけは認識することができた。
俺は暗闇の中にぼんやりと浮かび上がる黒いシミの場所に、リザードマンがいると確信して、奴の斜め後ろから迫るために駆ける。
そうして駆け出した勢いのまま、黒いシミに向かって体ごとぶつかる。
「グギャッ……」
瞬間、ナイフが肉を抉る感触と共にリザードマンが苦し気な悲鳴を上げるが、
「……黙ってろ」
リザードマンの悲鳴を聞きつけて戻って来たシドが、奴の口にショートソードを深々と突き刺して黙らせる。
シドの攻撃はリザードマンの喉だけでなく、骨まで貫いて反対側へと突き抜け、奴に止めを刺す。
すると、当然ながら傷口から血が吹き出すわけで、背後にいる俺はリザードマンの血を頭から浴びてしまう。
「…………」
フードを被っているので直接肌に触れることはないが、それでもリザードマンの血が放つ生臭い臭いに鼻が曲がりそうになるが、ここで声を出すわけにもいかないので、グッ、と堪える。
「あっ……悪い」
「…………いや、問題ない」
替えのフードがないので今後は耐えるしかないが、今は贅沢を言っている場合ではない。
「それより、次のリザードマンへと向かおう」
俺はせめて少しでも臭いを防げるようにと、口のマスクをぐいっ、と上げて鼻をしっかりと覆いながら、壇上で戦っているベアさんたちを見る。
すると、
「おりゃあああああああああああああああああああああああぁぁ!」
裂帛の雄叫びを上げながら、ジェイドさんがリザードマンジェネラルの首を刎ねるのが見えた。
「や、やった……」
二人がかりで全く歯が立たないと思っていたリザードマンジェネラル相手に、この僅かな時間で対応策を練ったのか、見事にあの強敵を倒してみせたのだ。
これなら、例えキングリザードマンが相手でも本当にどうにかなるかもしれない。
クエストクリアに向けて、僅かな希望が見えたその時、
「あっ……」
俺の隣で、シドが小さく息を飲む声が聞こえる。
何事かと思いながら、俺はシドの目線の先を見やる。
すると、切羽詰まった様子のシドが俺の耳元で状況を囁く。
「ヤバイ。新手が来るぞ」
「新手?」
「ああ、リザードマンジェネラルだ……それも三匹同時と来たものだ」
「――っ!?」
シドから状況を聞いた俺は、思わず駆け出していた。
「コーイチ!?」
「あの二人が死んだら全てお終いだ! だから、ここは無理でも行かないと!」
「…………ああ、もうっ!」
そのことはシドもよくわかっているのか、髪をぐしゃっとかき回した後、俺と同じように口元をマスクで覆い、フードを目深に被りながら駆け出す。
「やるなら一撃で仕留めるぞ! 後先は考えるなよ」
「わかってる」
すぐさま応えてくれる相棒の頼もしさに笑顔で頷きながら、今まで裏方に徹してきた俺は、主戦場である壇上へと足をかけた。
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