第298話 暗闇の攻防
「終わったか?」
ノインから十分に距離が離れたところで、暗がりからシドが現れて話しかけてくる。
「まさかこんなところで、あの弱虫に再会するとは思わなかったな」
「弱虫って……まあ、勇敢とは言えないけどさ」
雄々しいシドからすればノインの評価はその程度のものかもしれないが、どちらかというと似た境遇の俺からすれば、逃げ出した彼の気持ちは痛いほどよくわかった。
だからこそ、俺はノインのことを助けたわけだが……願わくば、もう冒険者から足を洗って平穏な生活を送って欲しいと思った。
「……さて、少し時間をくってしまったけど、そろそろ行こうか」
そう言いながら、俺は改めて状況を確認するためにアラウンドサーチを使う。
脳内に映る玄室の様子は、既に戦闘が始まっているのか、赤い光点がいくつも交錯したり、激しく動いたりと目まぐるしく状況が変化しているのが見て取れる。
あっ、ヤバイ……酔ってきた。
「おいおい、大丈夫か?」
思わず足元がふらつく俺に、シドがすかさず手を差し伸べて支えてくれる。
「もしかして、どこか調子が悪いのか?」
「いや、大丈夫……ちょっと驚いただけだよ」
俺は問題ないと気丈に笑ってみせながら、アラウンドサーチを解除して、状況をシドに報告する。
「実は、少し気になることがあった」
「気になること?」
「ああ、実はね……」
俺は、アラウンドサーチを使って気になったことをシドに話す。
玄室の中は既に戦闘が始まっており、乱戦状態にあること。
ただ、その中で未だに乱戦に参加していない赤い光点がいくつかあること。
その赤い光点は、玄室の最奥に一つ、それを守る騎士の様に二つ……そして、まるで隙を伺うように戦闘状況を伺っているのが二つ、後は動きが激し過ぎて何人があの場にいるのか定かではない。
「戦況を伺っている二つは、リザードマンでない可能性もあるけど、もし、これがリザードマンの伏兵だったら……」
「戦況がひっくり返る可能性があるな」
シドも俺と同じ結論に至ったようで、おとがいに手を当てて顔をしかめる。
しかし、考えに浸るのはほんの一瞬で、すぐに結論が出たのか、シドはいつもの凛々しい顔になって作戦を提案する。
「よし……ならそのはぐれ者の正体をあたしたちで突き止めよう。そして、リザードマンだったら、あたしたちで倒す。それでどうだ?」
「うん、行こう。俺たちならできるさ」
俺はシドと拳をぶつけ合うと、互いに頷き合っていよいよ玄室の中へと足を踏み入れた。
今回のクエストのボスがいるはずの玄室への最初の一歩は、やはりというかとても緊張した。
だが、一歩中に足を踏み入れた途端、そんな感情は何処かに行ってしまった。
「す、凄い……」
玄室の中は、正に命を削る戦場となっていた。
室内は暗く、殆どの視界は利かないが、それぞれの冒険者たちが持っているカンテラと、剣戟が発生する度に激しく飛び散る火花によって浮かび上がるシルエットを見て、俺は思わず息を飲む。
一瞬しか見えなかったが、初めて間近で見る戦士たちの本気の命のやり取りを見て、俺は手に汗を握るほど胸を躍らせていることに気付く。
ただ、俺はあの中に入ることは、決してないだろう。
俺の目指す道は、正道とは真逆、時には人から卑怯、卑劣と罵られるような戦い方だ。
だが、それは自分で選んだ道だし、誉れなどなくとも、目の前の大事な人を守れればそれだけで十分だ。
俺は隣のシドを一瞥すると、冒険者たちから目を逸らす。
「…………行こう」
そう言って未練を断ち切るように、俺は移動を開始する。
ここは俺の戦場ではない。
幸いにも、俺たちが玄室の中に入ったことは、誰にも気付かれた様子はなかった。
俺とシドは、姿勢を低くして玄室の壁に沿って左回りに移動を開始する。
右を見ると、山と積まれた頭骨の先、一段高くなった壇上では、黒い鱗のリザードマンジェネラルを相手に、ベアさんとジェイドさんが協力して立ち回っている。
ベアさんが仕掛けた後、その隙を埋めるようにジェイドさんがフォローし、ジェイドさんが攻撃を仕掛けた時には、リザードマンジェネラルの攻撃を受けていた。
そうして二人で攻守を逆転しながら、絶え間なく攻撃を仕掛けているが、リザードマンジェネラルは自身の両手に嵌めた手甲と、長くて太い尻尾を巧みに使って二人の猛攻をいなしていく。
……リザードマンジェネラルってあんなに強かったのか。
以前、俺が倒した時は、魔物たちの最終目標ともいえるソラがいたから、俺のことを全く眼中に入れてなかったから、楽に背後を取れたのだろう。
今、あいつと戦うことになった場合、持てる全ての手を駆使したところで、どれだけ肉薄できるだろうか?
もしかしたら、初見であれば作戦が上手く嵌って倒せるかもしれない。
だが、ノインによると、リザードマンジェネラルはあの一匹だけでなく、奥にまだ何匹か残っているようだ。
それだけでなく、リザードマンジェネラルよりさらに強いキングリザードマンまでいる。
リザードマンジェネラル一匹にあそこまで苦戦しているリーダー格の二人を見て、俺はこのクエストがクリアできるかどうか不安になってくる。
もしかしたら、俺たちはここで……、
あまり考えたくない事態を考えていると、
「コーイチ……」
シドが俺の手を引きながら話しかけてくる。
「いたぞ……リザードマンだ」
そう言って暗がりの奥を指差すと、俺の手を取りながら耳元で囁く。
「コーイチ、いつも言ってるけど、後ろ向きの考えは、なしだ」
「シド……」
またしても不安が顔に出ていたのか、シドは自分の指と俺の指を絡めながら、口の端を吊り上げてニヤリと笑う。
「大丈夫、あたしとコーイチがいれば、どんなクエストだってクリアできる。どんな奴だって倒せる……そうだろ?」
「…………ああ、そうだな」
確かに、後ろ向きの考えは、無駄な緊張を生むだけで碌なことが起きない。
俺たちと魔物たちとの徹底的な差は、互いに力を合わせることができることだ。
一見すると困難なクエストも、きっと俺とシド……それにベアさんやジェイドさんたちとも力を合わせることができれば、きっとクリアできるだろう。
そのためには、先ずはベアさんたちに降りかかる危機を排除しよう。
俺はシドと繋いだ手に力を籠めて握り返すと、不安を払拭するように笑ってみせる。
「……行こう。俺たちにしかできないことをやるために」
「ああ、あたしたちは無敵さ」
そうして俺たちは、闇の中へと突入していく。
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