第283話 最強の冒険者
「…………ふっ」
短く息を吐いて目を開いた俺は、足音を立てずにそっと身を隠していた細い路地から姿を現す。
俺の目の前には、ドシドシと足音を立てながら猫背で歩くリザードマンの姿があった。
「…………」
口元のマスクの位置を直しながら、俺は姿勢を引く保ってリザードマンの背後へと忍び寄る。
俺のパッシブスキルである隠密性の向上によって、リザードマンは俺に気付いている様子はない。
俺はリザードマンの尻尾の動きに注意しながら腰からナイフを引き抜く。
すると、リザードマンの背中に黒いシミが浮かび上がるので、俺は黒いシミ目掛けて容赦なくナイフを突き立てる。
「グギャッ!?」
堪らず悲鳴を上げるリザードマンの口に、俺は丸めた布を放り込んで叫べないようにしながら、さらにナイフを押し込む。
ズブズブとナイフが肉を引き裂く感覚に顔をしかめながら、俺は突き立てたナイフをグン、と上に持ち上げるように突き上げる。
「――ッ、グガッ、ガガ……」
切先が肺にまで到達したのか、リザードマンは口から紫色の血を盛大に吐きながらどう、と倒れると、そのまま動かなくなる。
「ふぅ……こんなものか」
俺はリザードマンが動かなくなったのを確認すると、口の中に詰めた布を取り出して、ナイフに付いた血を拭き取る。
「やったな。もう、リザードマン討伐も慣れたものだ」
リザードマンの死体から何か使えるものはないかと物色していると、近くに隠れていたシドがやって来て俺の背中をバシバシと叩いてくる。
「痛っ、痛いって……」
ただでさえ力強いシドの容赦ない激励に、俺は顔をしかめながらも、気になったことを話す。
「……でも、驚いたな。どうしてこんなところにリザードマンが一匹だけでいたんだろう?」
「確かにな……おそらく、それだけリザードマンの数が増えているということだろうな」
「それじゃあ、今日のクエストが失敗したら……」
「本格的にリザードマンの侵攻がはじまるだろうな。あたしたちの集落だけでなく、地上に住む街中まで……な」
「その前に止めてみせるさ……それこそ、今日でね」
「そうだな」
俺たちはリザードマン討伐のクエストに直接関わるつもりはないが、気持ちはクエストに挑む者たちと同じだ。
リザードマンに……魔物なんかに俺たちの生活を奪わせやしない。
そのために、俺たちはできることに専念しよう。
先ずは、周囲の脅威の排除だ。
俺は目を閉じてアラウンドサーチを発動させ、近くの魔物と思われる反応を確認すると、
「……よし、次に行こう」
シドを伴って、次の反応があった場所へと移動を開始した。
――一方、その頃、獣人たちを代表してリザードマン討伐へとやって来たベアは、六人の仲間たちと冒険者たちと合流ポイントへとやって来た。
「……あれか?」
地図で示された場所には、既に五人の人影がベアたちを待ち受けていた、
「やあ、来たね」
ベアたちに気付いたのか、その中の一人が手を上げてにこやかに話しかけてくる。
「無事に合流できて何よりだよ」
「お前は……」
人影の正体に気付いたベアは、現れた人物を見て思わず息を飲む。
「冒険者ギルドの……」
「ああ、ジェイドだ。今日はよろしく頼むよ」
「ジェイドって……」
「あのギルドマスターの?」
「冒険者最強と言われているあの……」
思わぬ大物の登場に、獣人たちの間に動揺が広がる。
確かに今回のリザードマン討伐のクエストは、街の存亡に関わるかもしれない大事なクエストだが、それでもギルドそのものを預かる責任者が出てくるには、些か早過ぎるような気がするのだ。
「まあまあ、別にそんなたいしたものじゃないよ」
獣人たちの畏怖するような視線を受けて、ジェイドは笑いながら手を振る。
「責任者なんかやってると、実戦離れが激しくてどうしても体が鈍るからね。今回は、街の地下に下りるだけで、いざという時にはすぐに戻れるから、ギルドマスター権限で参加することにしたんだよ」
「はぁ……」
二カッ、と白い歯を見せて笑うジェイドに、ベアは何とも言えない曖昧な返事を返す。
ジェイドが参加すること事態は納得したが、それでも獣人である自分たちとこうして会っているかがわからないのだ。
何故なら自分たち獣人は、街の中央の人間からはいないことにされている身で、見つけたら魔物に与する敵として排除……処刑するように言われているはずだからだ。
もしかして、リザードマンを一緒に討伐しようと言っておきながら、その実はギルドマスターによる血気盛んな獣人たちの排除が目的だったりするのだろうか?
「ああ、心配しなくていいよ」
明らかに嵌められたのだろうかと、不安そうな表情を浮かべるベアたちを見て、ジェイドは苦笑しながら話す。
「少なくともこのクエストが終わり、互いに帰路に付くまで、敵対関係はなしにしよう」
「なしに……」
「そうだ。既に聞いていると思うけど、今回は我々の仲間を助けてくれたことへの礼も兼ねているんだ」
そう言ってジェイドは、笑顔でベアへと手を差し出す。
「だから、どうか我々のことも仲間だと思って信じて欲しい」
「仲間……」
そう言われてベアは、背後の仲間たちを見やる。
誰もが戸惑いの表情を浮かべていたが、同時にジェイドに対する忌避感はそれほど抱いているように見えた。
ならば、彼等をまとめる自分が結論を出すべきだろう。
ベアは仲間たちに向かって頷いてみせると、ジェイドの手を握り返す。
「……わかった。こちらこそどうかよろしく頼む」
「うん、よろしく……それで、君たちの名前は?」
「ああ、すなまい。俺はベアだ。そしてこっちが……」
そう言ってベアは、六人の仲間たちを冒険者たちに紹介していった。
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