第281話 夢見がちな少女ですから

 流石にロキが開けた穴から地下水路へ戻るわけにはいかないので、俺たちは正規の出口へと向かう。


 その途中で、


「おい、リザードマンの集落の討伐に参加するなんて聞いてないぞ」


 先程の泰三の会話で、俺が勝手に話した内容についてシドが目くじらを立てる。


「まさか、本当に討伐クエストに参加するとか言わないよな?」

「…………駄目かい?」

「駄目ってわけじゃ…………」


 俺からの要望に、シドは困ったように形のいい柳眉を下げる。


「実は……」


 そう前置きして、俺はシドに自分の考えを話す。


 ベアさんから話を聞いた時から密かに思っていたことだが、リザードマンの集落の討伐クエストに、どうにかして俺たちも参加できないかと思っていた。


 何故なら、このクエストが獣人たちの今後を左右する大きな分岐点になると思っているからだ。

 このクエストで大きく貢献できれば、冒険者を中心に獣人たちを認めざるを得ない状況になるのは間違いないし、人間側が何か獣人を貶めるような所業を仕組んでいたとしても、上手く立ち回れば事前に防ぐこともできると思う。


 ただ、シドの人間を信用できない。警戒すべきだという懸念は尤もだし、彼女が矢面に立つことで、ソラたちに危険が及ばないとも限らない。


「だからさ、俺たちは裏でクエストの補佐的なことをできないかなって思ってる」

「裏で……」

「ああ、裏で暗躍するように行動すれば、不測の事態が起きた時に、柔軟に対応できると思うんだ」

「……だが、それだと報酬は貰えないんじゃないのか?」

「うぐっ!? そ、そうなんだけどね……」


 痛いところを突かれ、俺は困ったように苦笑する。


「だけどさ。何もなかったらなかったで、何もしないわけだから、報酬は……ね?」

「…………はぁ」


 シドは何を言っても無駄だと思ったのか、盛大に嘆息した後、


「わかったよ」


 呆れたように苦笑しながら頷く。


「確かにここで結果を出せば、何かが変わるかもしれない。ミーファが堂々と外で遊べるようになるなら、無報酬でもやる価値はあるだろうな」

「だったら……」

「ああ、やってやるよ。ただし、何かが起きるまでは手を出さない。それでいいな?」

「ああ、ああ……」


 俺は何度も頷きながら、シドの手を取って笑顔を浮かべる。


「ありがとう。シド!」

「気にするな。それより……」

「何? 何か気になることでもあるのなら何でも言ってくれ」


 後顧の憂いを断つためにも、細やかな疑問も解決しておくべきだろう。

 そう思った俺がシドが何を言うか待っていると、


「ケモナーとは一体何だ?」

「………………えっ?」

「さっきコーイチが同じ自由騎士の仲間に言っていただろう? ケモナーだからコーイチを殺すことはないって……その、ケモナーというのは一体、何なのだ?」

「あっ、その……えっと……」


 まさかその質問が来ると思ってなかった俺は、シドに何と説明したものかと必死に頭を巡らせるのであった。




 ――翌日、俺とシドは、ベアさんたちがリザードマン討伐のクエストに出かけるのを、見送りに来た集落の人々に紛れて見送った。

 出かける直前、ベアさんは俺たちに視線を向けて何かを言いたそうにしていたが、結局、何も言わずに下水道へと降りて行った。


「今日も無事に帰ってくるといいんだけどね……」

「大丈夫でしょ。今日は何やら大勢で行くみたいだし」

「それならせめて、今日はあの人たちの好物でも作って待ってみるかね」


 ベアさんたちが下水道へと降り、見送りの奥様方がそれぞれの仕事に戻っていくのを見送った俺は、


「それじゃあ、俺たちも行こうか?」


 隣に立つ、シドへと話しかける。


「……ああ、余り乗り気ではないがな」


 そう言ってシドは、俺と同じ黒いフードを目深に被って肩を竦める。

 今日のシドは、冒険者たちに顔を晒すかもしれないため、俺と同じように顔を隠すフードと、鼻と口元を隠すように布を巻くアサシンのような格好をしている。

 僅かな色の差こそあれ、こうしてシドと並ぶと、まるで同じ人物が二人いるかのように錯覚する。


 それが下水道のような暗がりなら尚更だ。

 これが何処まで通用するかわからないが、少なくとも初見でシドが女性であると気付かれる可能性はかなり低いだろう。


 俺たちはさらに万全を期すために、互いの装備一式について確認していると、


「おにーちゃんとおねーちゃん、おそろいだね」


 俺たちの見送りに来てくれたのか、ソラとミーファが俺たちの下へとやって来る。


「えへへ~、ふたりともカッコイイよね。ソラおねーちゃん?」

「ええ、姉さん、コーイチさん。とても似合っていますよ」

「ハハ、ありがとう。これもソラが服を用意してくれたお陰だよ」


 俺のアサシンのような服装は、ソラが用意してくれたもので、事情を聴いた彼女が、たった一晩でシドの分まで用意してくれたのだった。


「普段からソラには家のこと任せっきりなのに、こうして新しい服まで用意してもらって、いくら感謝しても足りないよ」

「そんな、私にできるのは、コーイチさんたちを支えることだけですから」

「そんな謙遜しなくていいのに……」


 そう言いながら静かな微笑を浮かべる奥ゆかしいソラを見て、俺は彼女のために何かしてやりたくなってくる。

 といっても、俺はソラが何をして欲しいかわからないので、


「なあ、ソラ……今日のお礼に、俺にできることなら何でも言ってくれ?」


 俺は自分の胸を叩いてソラに笑いかける。

 すると、ソラは大きな目を見開いて顔に喜色を浮かべる。


「……えっ? な、何でもですか?」

「ああ……といっても限界があるけど、ソラの為なら可能な限り叶えてみせるからさ」

「そ、そんな……いやですわ」


 ソラは火照った顔を隠すように、両手で顔を覆いながらいやいやとかぶりを振る。

 だが、背中から見える尻尾はわさわさと激しく左右に揺れており、嬉しさが滲み出ているのが丸わかりだった。


 一体、何を言おうかと思っているのだろうか。

 きっとソラのことだから、奥ゆかしい乙女なお願いに違いないだろうな。


 そう思っていると、


「私はコーイチさんのためなら私はいくらでも……フフフ」

「……ソラ?」


 ソラの豹変ぶりに若干引く俺だが、彼女の暴走は止まらない。


「ああ、コーイチさん。ダメ、ダメですよ。こんなところで……でも、コーイチさんが望むなら……ウフフフ………………ゲホッ、ゲホッ!」

「ソ、ソラ!?」

「あ、ああ……ごめんなさい。ちょっとはしゃぎすぎちゃいました」


 ソラは控えめな胸に手を当てて大きく息を吐きながら、呼吸を整えると、


「コーイチさんへのお願いは、二人が無事に帰ってきてからゆっくりと考えます」

「あ、ああ……」

「それではお二人とも、どうか無事に帰ってきてください」


 いつものお姫様みたいな優雅な笑みを浮かべて、俺たちを送り出してくれる。

 たまに出るソラの暴走にちょっと面食らった俺だったが、ソラとミーファの二人に笑顔で応える。


「それじゃあ、いってくるよ」

「はい、いってらっしゃいませ」

「いってら~!」


 こうして大切な家族に見送られて、俺とシドは、先行するベアさんたちを追従するように下水道へと降りて行った。

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