第280話 親友だから

「リ、リムニ様?」

「ええい、タイゾー。放すのじゃ!」


 必死に取り押さえようとする泰三の手を振り払い、陰から飛び出したリムニ様は、クラベリナさんに体当たりをするように飛び付くと、


「クラベリナよ。お願いじゃ。どうか……どうか、ここは穏便に済ませてくれないか?」


 涙を流しながら懇願を始める。


「これからお主は、戦場に向かう身であろう? その必勝祈願でこの地を訪れたはずなのに、どうしてそこで戦う必要があるのじゃ!?」

「主……」

「そこの二人も、お前等では絶対にクラベリナには勝てん。ここがどういう場所かわかっているのなら、無駄な血を流すでない!」

「リムニ様……」


 幼い領主様の涙に、俺は冷水をかけられたかのように冷静になる。


「シド……」


 隣に並ぶシドに顔を向けると、小さく頷く。


「……わかってるよ」

「ありがとう」


 何も言わなくてもこちらの意図を察してくれたシドに礼を言いながら、俺はリムニ様に向かって話しかける。


「リムニ様……最初に言いましたが、俺たちはここで争うつもりはありません」


 本当はリムニ様と話をしたかったが、今は自分たちの命を優先させるべきだろう。


「ですから、見逃してくれると約束してくれるならおとなしく帰ります」

「お主……わかった」


 リムニ様は小さく頷くと、クラベリナさんの腕を引っ張りながら話す。


「クラベリナも……いいな? ここで戦うのは禁止じゃ。レド様の眠りを妨げるではない」

「…………ふぅ、わかりました」


 クラベリナさんは大きく嘆息すると、必死にしがみつくリムニ様の頭を撫でながら優し気な笑みを浮かべる。


「この程度の相手なら後れを取ることはないですが……主の命とあらば、従いましょう」


 クラベリナさんは、レイピアをしまうとリムニ様を守るように脇に抱えた後、俺たちに向かって獰猛に笑う。


「我が主のお蔭で命拾いできてよかったな」

「そうですね……絶対に勝てないと思っていましたからリムニ様のお蔭です。ありがとうございます」

「――っ!?」


 俺が素直な感想を送ると、クラベリナさんは面食らったように目を見開いた後、


「クッ、アッハッハッハ…………」


 大きな口を開けて盛大に笑い出す。

 腹がよじれるほど面白かったのか、クラベリナさんはリムニ様の頭をこねくり回しながらも尚も笑い続けた。



 暫くの間、洞窟内にクラベリナさんの笑い声が声高々と響いていたが、


「…………はぁ、久しぶりに笑った」


 ようやく一息ついたクラベリナさんは、溢れてきた涙を拭いながら肩で大きく息を吐く。


「何だかこんなやり取り、前に経験したよう気もするが……」

「クラベリナさん、まさか記憶が?」

「それはない」


 俺の僅かな希望をピシャリと遮ったクラベリナさんは、殺気を収めて呆れたように笑う。


「だが、少し貴様に興味を持った……名を聞いておこうか?」

「俺は……浩一。橋倉浩一って言います。一応、クラベリナさんたちの言うところの自由騎士ってやつです」

「自由騎士……貴様が?」

「無理に信じてもらわなくていいです。ただ、できればこれからも、敵対関係にならないことだけを祈ってます」

「それは……お前たち次第だ」

「その言葉を聞けただけでも十分です」


 俺は頷くと「失礼します」と言ってシドの手を取って歩き出す。


「…………」

「…………」


 二人の間を通り抜ける時、もしかしたらクラベリナさんが奇襲を仕掛けてくるかも、と一瞬だけ考えたが、幸いにもクラベリナは不敵な笑みを浮かべたまま微動だにしない。


 そうして次に俺たちの前に立ちはだかるのは、


「……泰三」

「気安く名前を呼ばないで下さいと言っているでしょう」


 泰三は敵意を剥き出しにしながらも、クラベリナさんが戦わないと決めたからか、槍を構える素振りは見せない。


 クラベリナとは話せなかったが、この僅かな時間なら泰三と話せるかもしれない。

 そう思った俺は、歩みを遅くしながら泰三に話しかける。


「泰三、お前もクラベリナと一緒に戦いに行くのか?」

「……何でそのことを、見ず知らずのあなたに話さないといけないのですか」

「いいじゃないか。お前が覚えていなくても、俺にとっては坂上泰三は残された唯一の親友なんだからさ」

「…………僕のフルネーム」

「ああ、知ってるさ。親友だからな」


 俺がそう言って笑いかけると、泰三は苦虫を嚙み潰したように顔をしかめる。

 だが、そんなことはお構いなしに、俺は気安く泰三に話しかける。


「……それで、泰三もリザードマンの集落の討伐に参加するのか?」

「も、ということはあなたも?」

「ああ、もし何処かで出会うことがあっても、後ろから襲わないでくれよ?」

「それは……保証しかねます」

「そうか……でも、こうして話しておけば、泰三は俺との約束を守ってくれると信じているよ」

「な、何故?」

「何故ってそりゃモチロン……」


 俺は白い歯を見せて二カッ、と笑うと、とっておきの泰三の秘密を話す。


「ケモナーであるお前が、獣人と仲良くなっている俺を殺して、獣人を敵に回す真似、するわけないからさ」

「んなっ!?」

「じゃあな。明日は頼むぜ……親友」


 俺はそう軽口を吐いて目を白黒させている泰三の肩を叩くと、そのまま地下墓所を後にした。

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