第266話 名探偵登場?
「ここがいわくつきの場所であることはわかりました」
看守たちの原因不明の暴走による罪人の殺害、そして唯一の証人となるはずだった看守の死……これだけでセンセーショナルな記事を書くことは容易だし、話を聞いた人たちは面白おかしく噂を広めるだろう。
だが、問題の本質はそこじゃない。
「ですが、それってここにシドたちが住む前の話ですよね? それと人間が、必ずシドたち獣人の敵となるというのと何か関係があるのですか?」
「ある。これは人伝に聞いた話だから何処まで信憑性があるのかわからないのだが……」
行商人は自分が被る白い仮面の位置を手で修正すると、声のトーンを落として静かに話し出す。
「私がこの集落に来る前に請け負っていた人物……つまりは私の前任者だな。その者はある日突然、獣人に襲いかかって五人もの獣人を殺したらしい」
「えっ?」
「その者は私も知る人物だったが、とてもじゃないがそんな凶行に出るような者ではなかった」
行商人曰く、前任者は正義感の強い真っ直ぐな商人で、虐げられる獣人を助けたいと、噂を信じて監獄へ近付くなという人々の反対を押し切り、息子と二人でこの集落に行商に来ていたという。
「今の私はある方からの支援を受けてこの行商を行っているが、その者は私財を投げ売ってまで獣人を助ける真の善人だったよ」
「……そ、そんな人がどうして?」
「わからない」
俺の質問に、行商人はゆっくりとかぶりを振る。
「その者の余りの変貌ぶりに、獣人たちも戸惑いが隠せなかったようだ」
「……息子さんは?」
「死んだと聞いている……二人とも武器を手に、獣人たちに襲いかかったところを返り討ちにあったらしい」
仕事熱心で、皆から慕われていた商人がどうしてそんな凶行に出たのか、真相は未だに謎に包まれたままだという。
そして、その事件をきっかけに、ただでさえ肩身の狭かった獣人たちはいよいよ地上に出ることができなくなり、街の人たちは獣人の話題をすることさえもしなくなったという。
「そんなことが……」
二つの事件も相まって、人々がこの監獄には何かあるに違いないと考えて避けるようになり、獣人たちが二度と同じ悲劇は繰り返したくないと、人間たちを集落に入れないようにするのは妥当だろう。
だが、俺にはまだ納得のいっていない部分がある。
だってそうだろう。今までの話を聞く限り……、
「それって何だか作為的なものを感じませんか?」
「何だと?」
首を傾げる行商人に、俺は思ったことを口にする。
「確かにここで何度か事件があったのは間違いないでしょう。ですが、その事件も考えてみればおかしな部分が多い」
先ず、看守たちが狂ってしまったのは、ずっと地下にいて陽の光を浴びなかったから、自律神経に支障をきたしたとか、様々な要因があるのかもしれないが、話の中にヒントはあった。
例えば、酒と煙草。
そのどちらかに精神に支障をきたす何かが混入されていたら、真面目に仕事をしていた一人だけが無事で済んだ説明がつく。
そして、命を助かった看守が何か余計なことを口にされる前に、口封じのために殺されたと考えれば、突然の死も腑に落ちる。
そして、前任者の商人も、看守たちに一服盛った者の手にかかって凶暴化させられたと考えれば、善人だった商人が豹変したという説明がつく。
「……それではお前は、一連の事件は何者かが手引きしたというのか?」
「二つの事件に関連性があるかどうかはわかりません。ですが、二つ目の事件は、獣人たちを孤立させるために何者かが仕組んだ……もしくは獣人たちを支援する者を消すために仕組んだと考えた方が色々と自然だと思います」
「ふむ……なるほどな」
俺の考えに一理あると思ったのか、行商人は腕を組んで何やら思案する。
もし、俺の予想が当たっていたとしてそうなるとまた一つ、わからないことがある。
「あの、どうして獣人たちはそこまで嫌われているのですか?」
「……何だと?」
「俺が知る限り、彼等は何か悪いことをしたわけじゃない。それなのに虐げられてこんな地下に押し込まれ、まともな生活を受けさせてもらえないなんて……一体獣人が何をしたっていうんですか?」
「…………」
俺からの質問に、行商人は俺の顔をジッと見たまま何やら押し黙ってしまうが、
「……………………そうだな」
何かを決意したかのように顔を上げる。
「ここに住む以上、お前も決して無関係とはいえないだろうから、そろそろ知る必要があるかもしれんな」
「何を……ですか?」
「決まっておる」
行商人は顔を上げると、俺の顔を見て真っ直ぐに告げる。
「どうして獣人たちが、そこまで忌み嫌われるようになったのかだ」
そう前置きして、行商人は静かに話し始める。
この地下で生活をはじめて数か月、とうとう俺はこの街の知られざる秘密に触れることになる。
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