第263話 好みのサイズは?

「んもう! おにーちゃん、おそ~い!」


 食堂に足を踏み入れると、普段は笑顔を絶やさない天使が、むくれた表情で俺を出迎える。


「ミーファ、もうおなかぺこぺこだよ~。ほら、はやくすわって!」

「はいはい、ごめんよ」

「はい、はいっかい。だよ!」

「はい、すみませんでした」


 余程お腹が空いているのか、机をバンバンと叩いてご立腹アピールしてくるミーファに、俺は苦笑しながら彼女の隣に腰かける。


「お待たせ。お腹空いてるのに待っててくれてありがとな」

「うん、みんなでごはんたべるやくそくだからね」

「そうだね。皆で食べるとご飯が美味しくなるからね」

「うん!」


 ニッコリと笑うミーファの頭を俺が撫でると、彼女は「にゅふふ~」と嬉しそうに目を細める。

 ふぅ……どうやらお姫様の機嫌を直ったようだ。


「フフッ、お疲れ様でした」


 ミーファの機嫌がおとなしくなったのを見計らったかのようにソラが現れ、机の上に皿を並べていく。

 だが、皿を並べ終えたソラは、申し訳なさそうに眉を下げる。


「……ソラ?」


 一体どうしたのだろうと思っていると、ソラは観念したように小さな鍋を差し出す。


「……すみません、今日はクズ野菜のスープと小さなパンしか用意できませんでした」

「えっ?」

「今日はコーイチさんたちのお仕事の日でお疲れのはずなのに、備蓄が尽きてこんなものしか用意できなくて申し訳ないです」

「い、いやいや、そんなこと気にしなくていいよ」


 頭を下げて畏まるソラに、慌てた俺は椅子か立ち上がり、彼女へと手を伸ばしながら話しかける。


「だってほら、この前のリザードマンの襲撃の時に、俺とシドが怪我をして死体漁りスカベンジャーの仕事を何日か休んだじゃないか。その間、収入がなかったんだから仕方ないよ。むしろ、今日までよく普通に食事で来ていたと思うよ」


 実際、あの謎肉の宴の後、ソラはいつの間にか確保していた謎肉と、密かに貯蔵していた野菜を駆使して日々の食事が貧相にならないようにと、様々な工夫を凝らしてくれていたようだ。


 むしろそんなソラの苦労に気付かず、ご飯があるのが当たり前だと思っていた節がある自分を、俺は強く恥じる。


「だからソラが謝る必要はないって。こうして仕事から帰ってきて、暖かいご飯が用意されているだけで俺は満足だから」

「……本当ですか?」


 上目遣いで見つめてくるソラに、俺は大きく頷いて応える。


「ああ、本当だ。むしろいつも美味しいご飯を用意してくれるソラには感謝してもしきれないよ。だから、ありがとう」

「コーイチさん……」


 俺の言葉に、ソラの大きな瞳が揺れたかと思うと、目にみるみる涙が溜まっていく。


「ソ、ソラ!?」

「すみません。まさか感謝の言葉がいただけるとは思っていなかったので……」


 ソラは涙を拭いながら、思わず見惚れてしまうような慈母の笑みを浮かべる。


「コーイチさん、ありがとうございます。今日頂いたお言葉、絶対に忘れませんから」

「そんな大袈裟な……」


 まさかの言葉に俺は苦笑しながら、ソラの手を取って笑顔で頷く。


「でも、これからはもっといっぱいソラに感謝するようにするよ。毎日、美味しいご飯をありがとうってね」

「もう、コーイチさんったら……私、本当にその気になっちゃいますよ」

「えっ? いや、ハハハ……冗談を」

「………………もう、コーイチさんのバカ」


 最後の方は殆ど聞こえなかったが、これ以上ソラと目を合わせていたら本気で惚れてしまいそうなので、俺はソラから手を離して再び席に着く。


「それじゃあ、いただこうかな……」


 これで何事もなく食事に戻れる。そう思っていたのだが、


「ええ~、これじゃあミーファ、おなかいっぱいにならないよ」


 配膳された食事の量の少なさに、ミーファが抗議の声を上げる。


「ううっ、これじゃあミーファ、シドおねーちゃんみたいにおっぱいおおきくならないよ」

「ミ、ミーファ!? お、おお、おま……何を言い出すんだ!」


 突然水を向けられたシドは、自分の豊かな自分の胸を隠しながら椅子ごと後ろに後退りする。


「あ、ああ、あたしの胸と、ご飯の量は関係ないだろう」

「あるもん!」


 ミーファは机に齧りつくように張り付きながら、三白眼でシドを睨む。


「おにーちゃんがシドおねーちゃんとばっかりいるのは、シドおねーちゃんのおっぱいがおおきいからだもん。そのむねでゆーわくしてるって、おばちゃんたちがいってたもん!」

「おばちゃんって……あいつ等か……」


 当該の人物に思い当たる節があるのか、シドは胸を隠しながら眉を顰める。

 どうやらミーファは、普段から下世話な話で盛り上がるおば様たちから何やら色々と吹き込まれたようだ。


 ミーファは未だ発達する様子を見せない自分の胸を押さえながら、唇を尖らせる。


「ミーファ、はやくおっぱいおおきくなって、おにーちゃんとぼーけんにいきたいのに、これじゃあソラおねーちゃんみたいにちっちゃいままだもん」

「ううっ、気にしていることを……」


 シドに続き、ミーファの牙はもう一人の姉へと向けられ、言われたソラは悲しそうに自分の胸に手を当てながら目を伏せる。


「あ、あの……ミーファさん?」


 これは……マズい。

 一気に息苦しくなった食堂の雰囲気に、俺はあたふたしながらどうしたものかと考える。


 話題が女性の胸の話なだけに、下手に俺が参加しようものならセクハラ問題に発展しそうだが、このままでは三姉妹の仲に亀裂が生まれかねない。


 こうなったら……、

 俺はスプーンを手に駄々をこねるミーファの前に、自分のパンを差し出す。


「ミーファ、お兄ちゃんのパンをあげるからお姉ちゃんたちに謝るんだ」

「……おにーちゃん、いいの?」

「いいんだ。別に俺はミーファの胸が小さくても嫌いになったりしないよ。それよりミーファたちの仲が悪くるのを見る方が辛いよ」

「コーイチ……」

「コーイチさん……」


 俺の方を見る二人の姉に、俺は頷きながらミーファの頭を撫でる。


「それに、今日の夜はしっかり食べられるくらいにはお仕事頑張ってきたから、ミーファはお姉ちゃんたちにごめんなさいするんだ」

「……うん」


 ミーファはおとなしく頷くと、


「おねーちゃん、ごめんなさい」


 素直に二人に向かって謝罪し、シドたちも安堵したように頷く。


 うんうん、これで問題解決かな。

 そう思っていたが、


「ねえねえ、おにーちゃん?」


 ミーファが俺の袖を引っ張りながら質問してくる。


「おにーちゃんは、おおきなおっぱいと、ちいさなおっぱいどっちがすき?」

「えっ?」


 その質問に、俺はビシッ、と氷漬けになったかのように固まる。

 何故なら、その質問にシドとソラの二人が、物凄い殺気の籠った目でこちらを見ているからだ。


「えっ……と」


 大きいのが好きか、それとも小さいのが好きか。

 答え如何では、その後の人間関係に多大な影響を与えかねない質問に、俺は何と答えたものかと必死に考えを巡らせた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る