第256話 変わる日常
――行商人から新たな戦い方の指示を受けてから二日後、
「…………ここにもいるな」
俺は目を開けてアラウンドサーチを解除しながら、隣に立つシドに話しかける。
「確証はないけど、反応は五つだから……」
「リザードマンか?」
「おそらく……」
俺は頷きながら、自分で書いた地図を開いてみる。
この地図は、アラウンドサーチを使って見えるワイヤーフレームの地形図を、可能な限り忠実に再現した地図で、俺的にはかなりの出来だと自負している。
シドもこの地図を大いに気に入ってくれ、それ以来、俺たちはこの地図を頼りに活動している。
再び戦えるようになっても俺たちの基本方針は変わらず、極力エンカウントを避け続けていた。
その最大の理由は、やはり俺たち二人だけでは、不特定多数の魔物と戦うのは危険だからだ。
シドの実力はかなり高く、俺も背後から攻撃を仕掛ければ必殺の一撃を決められるといっても、戦闘では何が起こるかわからない。
戦闘の音を聞きつけた別の魔物が襲いかかってくるかもしれないし、倒したと思った魔物の、最後の悪足搔きで負傷してしまうかもしれない。
俺たちはあくまで
俺は地図を見ながら、行商人から聞いた死者の情報を整理する。
「えっ……と、確か情報だと、この先の十字路に死体があるんだったな」
「後はここと、ここ……そしてここ、だな」
俺が地図に示した場所に、シドがさらなる捕捉をしてくれる。
「…………」
すると、シドはそのまま俺の顔をジッ、と見つめてくる。
「な、何?」
そんなに見つめられると照れるんですけど……。
思わず赤面する俺に、シドは唇の端を吊り上げてニヤリと笑いながら俺の頭部を指差す。
「いや、そのフード付きのマント、似合ってると思ってな」
「ああ、これ?」
俺は自分が被っている黒いフードを触りながら、口を覆ったマスクの下で密かに笑う。
このフードは、闇に紛れ、敵の背後を突きやすくなるようにと、行商人から餞別で貰ったものだった。
これとシドから貰った鼻と口を覆う手拭いと合わせると、俺の職業はレンジャーというよりはアサシンと呼ぶ方が相応しいと思うが、既に戦い方からして自由騎士というよりはアサシンと呼んだ方が相応しいだろう……憧れの人は、アルタイルさんです。
また、この格好だと顔の殆どが隠れるため、下水道内で冒険者たちとニアミスすることがあっても、俺が賞金首だとバレることもないだろう。
まるで、俺が冒険者たちとひと悶着あると思っているような周到さだが、行商人なりに俺を心配して用意してくれたと考えると感謝しかない。
せめてかけられた期待には応えたい。
そう思いながら、俺は地図に示された印を指で追っていく。
「とりあえず、こっちは後回しにして、先にこっちの回収に行こう」
「そうだな……フフッ、コーイチも頼もしくなったな」
「流石にいつまでも、シドにおんぶにだっこってわけにはいかないからな。これからは俺も積極的に意見を言おうと思うよ」
「ああ、頼むぞ。相棒」
「任された」
俺とシドは肘同士をぶつけて笑い合うと、目的地に向けて歩き出した。
何度かアラウンドサーチを使ってエンカウントを避けつつ、俺たちは目的地へとやって来た。
だが、
「…………ない」
目的の場所には、既に死体はなかった。
「どうして……もしかして場所が違っていたのか?」
「いや、そんなことはない。確かにここには死体があったんだ」
俺の疑問に、床に膝を付いたシドが床にできた黒いシミを指差す。
「見てみろ。この血の痕は、まだそんなに古くはない」
そう言いながらシドが床を指でなぞると、シドの指に血がつく。
それはつまり、まだ乾いていない血がここにあったということだ。
しかし、そうなるとここに死体がない理由が説明つかない。
「もしかして、俺たちが来る前に魔物の腹に収まった……のか?」
「それか、リザードマンが持ち帰った、か」
「えっ、何のために?」
「単純な話だ。食べるんだよ。人間は貴重なタンパク質だからな。後は……」
「後は?」
「…………聞かない方が身のためだと思うぞ」
俺の疑問に、シドはゆっくりかぶりを振って立ち上がると、
「それよりここがダメだなら次に向かおう」
そう言ってとっとと先に行ってしまう。
「…………」
リザードマンは死体を持ち帰って、一体何をするというのだろうか?
おそらく、シドに聞いても教えてくれることはないだろうし、今はそれを気にしている場合ではない。
俺たちの仕事は完全歩合制だから、成果がなければそれだけで無報酬になってしまう。
別に今すぐに飢えてしまうということはないが、それでもミーファたちに満足にご飯を用意できなくなってしまう。
「よしっ!」
いつまでも、一つの失敗にウジウジしてても仕方ない。
俺は地図を開いて次の目的地のルートを模索するため、アラウンドサーチを発動させようとする。
その時、
「きゃあああああああああああああああああああああああああぁぁぁ!!」
「――っ!?」
下水道内に突如として女性のものと思われる悲鳴が響き、俺は驚いて目を開けてアラウンドサーチを中断させる。
同時に、何処からか金属同士が激しくぶつかる音が聞こえてくる。
これは、まさか……、
「コーイチ!」
するとシドが戻ってきて、俺の腕を取って壁際へと押し込む。
俺に壁ドンをした状態のシドは、辺りの様子を伺いながら耳元で囁く。
「マズイぞ。すぐ近くで戦闘が始まったみたいだ」
「……もしかして冒険者か?」
「そうだ。しかも、さっきの悲鳴を聞く限り、かなり状況的に追い込まれているようだ」
「ど、どうする?」
「そんなもの決まっている」
俺と目を合わせたシドは、有無を言わさない強い口調で断じる。
「見ず知らずの人間を助ける義理はない。このまま見捨てるぞ」
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