第七章 地下の攻防
第255話 誉れなき戦士へ
「……そうか戦えるようになったか」
二日後、いつも通りの時間にやって来た行商人に、俺は再び戦えることになった報告をしていた。
報告を聞いた行商人は深く頷くと、俺の腰に吊るされたナイフを指で刺す。
「それで、そいつは役に立ったのか?」
「はい、お蔭で命を救われました」
俺はナイフをケースから取り出し、軽く振って問題なく扱えるようになったことをアピールする。
「なるほどな……」
相変わらず仮面を被っているので表情は読めないが、声の調子から行商人はどこか嬉しそうだった。
暫く俺のナイフ捌きを見ていた行商人は、ふと何かに気付いたのか、顔を上げて俺が持つナイフを指差す。
「そいつは使い終わった後、ちゃんと手入れはしたのか?」
「あっ、はい……一応。シドに教わりながらですが」
といっても、シドからは傷らしい傷はついていないから、付着した血を拭うぐらいでいいと言われたので実際にところ、何もしていないに等しい。
「そうか……」
俺から話を聞いた行商人は小さく頷くと、ゴツゴツした手を俺に差し出してくる。
「どれ、見せてみろ」
「はい」
俺は素直に頷いて行商人にナイフを差し出す。
ナイフを受け取った行商人は、自分の顔の正面に刃の方を向け、様々な角度からナイフを見る。
そして、そのまま暫く見ていたかと思うと、
「……やはりな」
そんなことを言いながら、俺にナイフを差し出してくる。
「……やはり?」
俺はナイフを受け取りながら小首を傾げる。
すると、行商人は自分のナイフを取り出すと、俺に刃を見せる。
「見ろ。ナイフは使用すると、こうして大なり小なり小さな傷や歪みが生まれるんだ。そして、その傷を修復するために研ぐと、僅かだが刃が縮むんだ」
「はぁ……」
そう言われて俺は行商人が差し出したナイフを見てみるが、いくら目を凝らしてもナイフの傷は疎か、歪みを見つけることはできなかった。
そんな曖昧な返事をする俺に、行商人は興奮したように俺のナイフを指差す。
「だが、自由騎士の能力は不思議でな。どんな力が加わっているのかはわからないが、得物に一切の負担をかけることなく、最大の効果を発揮するんだ。そのナイフには傷は疎か、使用した形跡すらないのだ。聞いたところ、リザードマンジェネラルの鎧ごと貫いて倒したのだろう?」
「はい、そうです」
「鉄の鎧、肉、骨と斬って刃に一つも傷がつかないなんてこと、本来はあり得ない。だが、お前の力にはそれだけの力があるのだ。それこそ一本の刃でいくらでも命を奪うことができる。その意味……わかるな」
「はい……」
諫めるようにかけられた言葉に、俺は力強く頷く。
「大丈夫です。俺の力は誰かを守るため……シドたちを守るためだけにありますから」
俺はかつてイクスパニアを恐怖のどん底に貶めた、連続殺人鬼にだけは絶対にならない。
それだけは自信をもって言うことができる。
「わかっているならいい……」
行商人は満足そうに深く頷くと、自分のナイフをしまって腕を組んで仁王立ちになる。
「ならば今日からは、より実践的な指導へとシフトしていくとしよう」
「はい、よろしくお願いします」
俺は佇まいを直して直立不動になると、行商人に向かって深々と頭を下げる。
戦えるようになったといっても、俺自身の実力はまだまだ未熟そのものだ。
これから起こるであろうリザードマンとの戦いに生き延びるためにも、行商人からもっと色々と教わりたいと思った。
――そう思っていたのだが、
「いいか? 前に私に見せた目くらまし、案は悪くないがあれではまだ手ぬるい」
行商人からの授業は、思っていたのと少し違った。
「それに小麦粉のような貴重な食料を使うのはいただけない。使うなら燃えた灰を使うといい。あれなら日常生活においていくらでも出るものだし、袋に詰めて顔にぶつければ、確実に相手の目を潰せる」
「は、はあ……」
てっきり実戦形式の組手で、新たな立ち回り方法を教えてもらえるかと思ったが、行商人から出てきたのは、いかにして相手の隙を作り、虚を突き、行動不能にするかという搦め手ばかりだった。
確かにどのアドバイスも、俺では思いつかないような非道……いや、効率的なものではあったが、俺が聞きたいのはそういうのではなかった。
「あ、あの……」
このまま放っておくと、いつまでも非道な作戦ばかり身についてしまいそうなので、俺は悪いと思いつつも行商人の言葉を遮って自分の想いを告げる。
「その……これまでみたいな戦い方の基礎は教えてもらえないのですか?」
「ああ、それだがな」
てっきり話を遮断してしまったことを怒るかと思ったが、行商人はさして気にした様子もなくあっさりと今後の方針について話す。
「基本的な戦い方については、これ以上お前に教えることは何もない」
「えっ?」
思わぬ言葉に、俺は間抜けな声を上げる。
まさか、自分でも気づかない内にレベルが上がり、十分過ぎる力がついていたのだろうか。
そう思っていると、
「お前に必要なのは、いかに相手の背後を突き、背中からナイフを突き刺すかだ。それ以外の戦い方、特に正面から堂々と戦えば、確実に死ぬだけだから覚える必要はない」
「あっ………………はい」
わかっていたことだが、行商人から容赦なく現実を突き付けられ、俺はがっくりと項垂れるのであった。
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