第246話 戦える条件
「それじゃあ、コーイチに一番重要な役目を頼むとするよ」
「ああ、任せてくれ」
俺が頷くのを確認したシドは、両手を広げるとそのまま俺のことを抱き締める。
「――っ!?」
突然、全身を暖かくて柔らかい感触に包まれ、それでいてここが下水道なのを忘れるくらいシドの甘い匂いがして俺は思わず身を固くする。
カチコチに固まる俺を見て、シドは「フフッ」と笑いながら耳元で囁く。
「コーイチ、集落に戻って単独行動を取っている一匹をそのナイフで屠ってくれ」
「……シド?」
それじゃあ話が違うじゃないかと、俺は身を離そうとする。
だが、がっちりとホールドされたシドの腕を払うことができず、俺は仕方なく超至近距離で彼女の顔を見る。
「どうして……俺が囮になるんじゃないのか?」
「それはダメだ。そうなれば十中八九、コーイチは死ぬ」
まるで未来でも見て来たかのように、シドは確信に満ちた目で話す。
「おそらく行商人の見立ては正しい。コーイチはいざという時が来たら戦うことができると思う」
「だったら……」
「でも、コーイチの力は自分のためじゃない。誰かを守るためじゃないと発揮しないと思うんだ……コーイチは優しいから、きっと自分が追い詰められたぐらいじゃ戦うことなんてできないよ」
「シド……」
「だから頼む。ソラを、ミーファを……あたしたちの大事な家族を守るために立ち上がってくれ」
「…………」
耳元で甘く、囁くように紡がれた言葉を聞いて俺は、色々なことが腑に落ちたような気がした。
俺がこの世界に来て、攻撃を繰り出した回数は片手で数えられるほどしかないが、その全てが誰かを守るために振るったものだった。
その時は必死で、どうにかして守りたいという気持ちしかなかったが、もし、あれが自分の身を守るためだったら、同じように躊躇いなく攻撃できただろうか。
答えはきっと否、だろう。
だってそうだろう。日本という世界一安全と言われる国に生まれて二十数年……自分の命が危機に晒されたことなんて一度もなかったし、相手と命のやり取りをするような危険な戦いなんて、当然ながらしたことがないのだ。
自分の身に危険が迫ったとしても、どうしたらいいのかなんてわからない。
だからこそ、行商人にあれだけ痛めつけられて反撃の一つも繰り出せなかったのだ。
でも、それが誰かのためならば、絶対に失いたくないと思う大切な家族のためならば、俺は命をなげうってでも立ち上がれると思った。
「わかったよ」
俺はシドの額に自分の額をコツン、とぶつけながら決意を口にする。
「俺がソラとミーファを守るよ……絶対に!」
「ああ、任せたぞ。相棒」
シドは潤んだ瞳で優し気な笑みを浮かべると、
「それとこれは……あたしからの餞別だ」
そう言って自分の唇をぶつけるように俺の唇に重ねてきた。
「……来るぞ」
俺は目を開けてアラウンドサーチを解除すると、壁に背を預けて様子を伺っているシドに話しかける。
「予想通り一匹だ。移動速度を見る限り、こっちに気付いた様子はない」
「わかった……」
頷いたシドは、自分の拳をゴキリ、と鳴らしながら鋭い犬歯を剥き出しにする。
その勇ましい姿に、俺は微苦笑を浮かべながら指でリザードマンが現れるまでのおおよその時間をカウントする。
わざわざ口に出さなくても、互いの呼吸は把握している。
三……二……一……、
そうして俺が最後の指を折ると同時に、
「シッ!」
シドが小さく息を吐いてリザードマンがいるはずの通路へと姿を現す。
「ギギッ!?」
いきなり目の前に現れたシドに、リザードマンは慌てたように手にした武器、刃こぼれしている剣を構えようとするが、
「ハッ、遅いぜ!」
一気に間合いに入ったシドが右手を伸ばしてリザードマンの首をがっちりと掴む。
「グゲッ!?」
突然の衝撃に、リザードマンが目を白黒させながら剣を取り落とす。
シドは落ちた剣が地面に付くより早く受け止めると、そのままリリザードマンの腹部へと剣を突き立てる。
「……じゃあな」
リリザードマンの腹部へ剣を突き立てたシドは、剣を水平に薙いでリザードマンの横っ腹に大穴を開ける。
腹を引き裂かれたリザードマンは、悲鳴を上げることもなく倒れ、二度と動くことはなかった。
「ふぅ……不意打ちさえ決まればこんなもんさ」
一瞬でリザードマンの命を奪ったシドは、剣についた血糊を払いながら手にした剣を何度か素振りする。
「使い勝手は……よくないが、まあその度に相手の武器を奪っていけばいいだろう」
そんな物騒なことを言いながら、シドは顔についた血を拭って俺に向かって頷く。
「行けるか?」
「ああ……」
俺は頷きながら、自分より小柄なリザードマンの死体へと目を向ける。
……リザードマンって、本当にトカゲを擬人化したまんまって感じなんだな。
RPGの世界からそのまま出てきたようなリザードマンの死体を見て、俺は思ったより自分が冷静でいることを確認する。
「大丈夫……いける」
「そのようだな」
冷静でいる俺の様子を見て、シドは笑顔で太鼓判を押してくれる。
「それじゃあ、ここからは別行動だ」
「ああ、俺が集落に戻って単独行動を取っているであろう一匹を仕留めるから」
「あたしは残りのリザードマンの注意を惹きつける」
それぞれの目的を確認した俺たちは、互いの健闘を祈って拳を合わせると、それぞれ別の道に分かれて行動を開始した。
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