第247話 闇より忍び寄る

 シドと別れた俺は、直前に見たアラウンドサーチの光景を思い出しながら、足音を立てないように下水道内の通路を進む。


 すると、後方から金属がぶつかり合うような甲高い音が聞こえはじめる。

 これはシドが残りのリザードマンを誘うため、わざと音を立てるようにして戦っているからだ。


 だが、シド一人で三匹のリザードマンを同時に戦うのは流石に無理があるようだ。

 先程の一匹も、不意打ちが成功したからあっさりと倒せたが、実はリザードマンの実力は魔物のなかでもそれなりで、ずる賢い奴等は、シド一人を嬲り殺しにするためならば、喜んで協力するそうだ。


 だから俺は、シドのためにもなるべく早く単独行動を取るリザードマンを倒す必要があった。

 集落の安全が確保できれば、後は総出で三匹のリザードマンを屠ればいい。


 すると、さらにもう一匹リザードマンが増えたのか、シドがいる方角から聞こえてくる剣戟の音に勢いを増す。

 ……あの様子なら、多少の音は立てても問題ないだろう。


「シド、必ず助けに戻るから……」


 俺は彼方から聞こえてくるシドの無事を祈りながら、折り曲げていた腰を伸ばし、足に力を籠めて一気に駆け出した。



 頭では周辺の地形は把握していても、実際に暗闇の中を駆けるとなるとかなりの精神を摩耗する。


 俺は何度か壁に手を付いてのアラウンドサーチを使い、どうにか集落にほど近い場所まで戻ってくることができた。

 視界は殆ど利かないが、幾度となく通った道だ。

 俺はなるべく急いで、でも大きな物音を立てないようにして集落へと繋がる鉄製の扉がある通路へと出る。

 そこで俺は、一度立ち止まってアラウンドサーチを使う。


「…………」


 だが、暫く待ってみても俺の脳内に赤い光点浮かんでは来ない。


「……そんな馬鹿な」


 もしかしてアラウンドサーチが発動しなかったのか?

 そう思った俺は、今度は壁に手を吐いて再び目を閉じてアラウンドサーチを使う。

 すると、今度は脳内に周辺のマップがワイヤーフレーム状態で脳内に映し出される。

 どうやらアラウンドサーチは問題なく発動しているようだ。


「だったら、何で……」


 不測の事態に混乱しかけるが、逆に考えれば、問題のリザードマンが現れる前に集落の中に入ることができれば皆に注意喚起ができる。

 そう結論付けると、俺は周囲を警戒しながら鉄製の扉の前へと辿り着く。

 俺が出ていった時と変わらず、鉄製の扉は相変わらず開いていた。

 ……いや、


「扉が……さっきより開いてる?」


 試しに扉の隙間に体を通して確認してみるが、間違いなかった。

 冷静さを失って思わず飛び出した俺ではあったが、扉を開けた隙間は、自分の体がようやく通れる程度であった。

 だが、今は俺の体が余裕で通れるどころか、肘を張れるぐらいにまで扉が開いていた。


「…………まさか」


 俺は最悪の事態を想定しながら、再びアラウンドサーチを使う。

 だが、脳内に広がる索敵の波には、相変わらず何の反応もない。

 それはそうだ。アラウンドサーチには高さ制限があり、階層が変わると索敵の波に引っ掛からなくなってしまうのだ。

 俺は扉から顔を半分だけ覗かせて中を見てみるが、そこは俺が飛び出して行った時と変わらず、特に荒らされた様子もない。


「…………」


 こうなったら、もう直接上まで行って確かめるしかない。

 俺は音を立てずにするりと扉の中に入ると、口を覆っている布を取り払って集落へと急いだ。



 いつもは何気なく登っている階段に魔物が潜んでいると思うと、それだけで恐怖で足が竦みそうになる。

 この階段は渦を巻きながら昇降する螺旋階段で、もし、接敵することがあればとんでもない近距離で鉢合うことになる。

 その場合は上を取られての戦闘となるので、俺の実力ではリザードマンに確実に殺されることだろう。


 だが、それでもただで死んでやるつもりは毛頭ない。

 せめて一太刀、相手と刺し違えるつもりで攻撃を仕掛け、ソラたちが逃げる時間を稼いで見せる。


 そんなことを思いながら、俺は腰に吊るしてあるナイをいつでも抜けるように、柄の部分に手をかけながら階段を上り続ける。

 前方に注意しながら階段を半分まで登ったところで、足が何か水気を含んだものを踏んだのか、ピチャ、という水音が耳に届く。


 一体何を踏んだのだろうと思って足元に目を向けると、


「――っ!?」


 階段に何か黒い影が見え、俺は思わず体を固くする。

 もしかしてリザードマンか? と思ったが、螺旋階段の壁に背を預けるように座っているその影は、既にこと切れているのか動く様子はない。


 ま、まさか……、


 動かない影にある予感が生まれた俺は、階段を駆け上がって影へと手を伸ばす。


「そ、そんな、せっかく助かったのに……」


 影の正体を見て、俺はがっくりとその場に項垂れる。

 喉を貫かれて絶命しているその死体は、命からがら逃げ伸びて来た犬の耳を持つ男性だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る