第242話 立ち上がる
それから程なくして、三人の男性たちが正面からこちらにやって来るのが見えた。
どうやらシドの言う通り、迂回路を経て別の道からこちらに戻って来たようだ。
彼等の背後には先程より少し距離が開いているが、黒い巨大な甲虫、デルビートルがこちらに向かって来るのが見えた。
「コーイチ!」
「ああ、わかってる」
デルビートルを見た恐怖で、足が震えそうになるのを無理矢理抑え込んだ俺は、必死の形相で走る三人の男性に向かって扉の影から手を振る。
それを見た男性たちは、俺たちの意図を察してくれたのか、片手を上げて笑顔を浮かべる。
それと同時に、
「ほらほら、こっちだ!」
シドがデルビートルの気を引くため、手にしたハンマーで地面を激しく打ち鳴らしながら走り出す。
……頼むぞ。シド!
囮役を買って出てくれたシドに俺がエールを送ると同時に、三人の男性が次々と扉の隙間から中になだれ込んで来る。
「はぁ……はぁ……すまない、助かった」
最初に扉の中に入って来た犬の耳を持つ男性が膝を付き、荒い呼吸を繰り返しながら礼を言う。
「扉が開いてなかったら、また奴と暫く追いかけっこしなくちゃいけないところだった。礼を言うよ」
「い、いえ……」
ポン、と肩を叩かれながらかけられた労いの言葉に、俺は照れたように頬をかいて応える。
「はぁ……はぁ……すみません。助かりました」
「やった、生きてる……俺、生きてるよ」
続いて入って来た体中に青紫色の痣がある丸い耳の男性たちが飛び込むのを確認した、俺は、力の限り扉を引いて戸締りをする。
同時に、扉の向こう側で黒い巨大な影が通り過ぎるガチャガチャという耳障りな音が聞こえる。
……ギリギリだったな。
俺はどうにかデルビートルの注意がこちらに向かなかった幸運に感謝しながら、荒い呼吸を繰り返す男性に手を伸ばしながら話しかける。
「無事で良かった……立てますか?」
「ああ、何とか……」
俺が伸ばした手に捕まった男性は、
「うっ!?」
立ち上がる途中で痛みに顔をしかめると、伸ばした手と逆の手を押さえる。
目を向けると、男性の手が青紫色になって異様に腫れている。
診察するまでもなく、男性の腕は折れてしまっているようだった。
痛みに苦しむ男性に、俺は肩を貸すように手を伸ばしながら声をかける。
「治療の準備ができていますので、上に行きましょう」
「いや、いい……」
だが、男性は俺の手を払いのけると、痛みに顔をしかめながらも力の籠った目で話す。
「自分の面倒は自分で見る……君はシドの方を頼む」
男性がそう言うと、残りの二人の仲間が男性に手を貸して立ち上がらせる。
「ありがとう。君たち二人のお蔭で、助かったよ」
「いえ、そんな……」
「死ぬなよ」
「……はい」
俺が頷くのを見た男性は笑顔で親指を立てると、三人で支えるようにして上の階へと昇っていった。
「……さて」
三人の男性を見送った俺は、囮役を買って出たシドの安否を確認するために扉を僅かに開けて外の様子を伺う。
「シドは……いないな」
すぐにデルビートルをハンマーで倒すものかと思ったが、どうやら何か有効な策でもあるのだろうか。
「それともまさか、俺を安心させるための嘘だった……なんてことはないよな」
シドに限ってそんなことはないと思うけど、相手が大型な魔物なだけに何が起きるかわからない。
そんなことを考えていると、
「――っ!?」
通路の先から、何かがぶつかる大きな音が聞こえ、俺は思わず身を竦める。
「今の音は……」
いや、確認するまでもない。シドがハンマーを振るった音だろう。
ということは、今の一撃でデルビートルを倒したのだろうか。
「…………」
もし倒したのなら、ここで待っていればシドが来るのかと思っていたが、
「ヒッ!?」
二度、三度と立て続けに何かがぶつかる激しい音が聞こえてくる。
これは一体、どうしたことだろうか。
その後も大きな音が聞こえてくる度、それに合わせて俺の心臓の鼓動が早くなっていき、心に焦りが生まれる。
「シド……」
地下で生活するようになってから、俺の隣にはいつもシドがいた。
シドがいたから、俺は親友を失った悲しみに押し潰されることなく、また笑うことができたといっても過言ではない。
そんなシドが命を張って魔物と戦っている中、俺はこのままここで彼女の帰りを待っているだけでいいのか?
「俺は……」
これまで気にしたことがなかった腰のベルトに括り付けたナイフが、やけに重く感じる。
牙を持ちながら、それを抜くこともしない。
「俺は…………」
いつまで現状に甘えているつもりだ。
行商人はその時が来たら俺は戦うことができると言っていたが、その時を座して待つつもりか。
ひょっとしたら今がその時ではないのか。
あの音は、シドがハンマーを振るう音ではなく、デルビートルが負傷したシドに何度も追撃を仕掛ける音だとしたら。
「俺は!」
何のために一度置いたナイフを再び手にしたのだ。
もう二度と誰も失わないと、失わせないと誓ったからだ。
勇気を出せ、大切な人を……守るんだ!
「俺は!!」
俺はナイフがしっかりと腰に括り付けられていることを確認すると、僅かに開いた扉の隙間から下水道へと飛び出す。
アラウンドサーチは、使わなかった。
その時間すら惜しかった。
この目でシドの姿を見るまで止まるつもりはない。
俺は再び聞こえた大きな音の方へ目を向けながら、必死になって足を動かした。
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