第241話 現れる甲虫
シドの案は、単純明快で非常にわかりやすいものだったが、
「う~ん……」
俺はこの作戦に少なからず不安を覚えていた。
先ず、逃げてくる男性たちが俺たちの意図を察してくれるかどうかわからないこと。
次にシドが出す音に、デルビートルが素直に引っかかってくれるかどうか不明だということ。
そして何より、全てが上手くいった後、この扉がデルビートルの体当たりを喰らって壊れてしまわないかということだった。
シド曰く、
「これだけの分厚い扉、デルビートルぐらいの攻撃じゃビクともしないさ」
ということだが、例え扉が無事だったとしても、集落に戻ってきてないベアさんたちがデルビートルと鉢合わせになるかもしれないということだ。
もし、ベアさんたちが疲弊していて、デルビートルを倒すだけの余力が残っていなかったら、ここで三人を救ってもその後、ベアさんたちが巻き添えになってしまっては元も子もないのではないのだろうか。
集落の生活を維持する為には、ベアさんたち男性陣の存在が必要不可欠なのだ。
できるなら後顧の憂いはここで払拭しておきたい。
「……不満そうだな」
すると、そんな俺の考えを見透かしたかのようにシドが話しかけてくる。
「あたしが考えた作戦じゃ、上手くいきっこないとか思ってるのか?」
「違うよ。シドの作戦は悪くないと思ってるよ……ただ」
「ただ?」
不満そうに小首を傾げるシドのが持つハンマーを持ちながら、俺は思ったことを話す。
「できるなら、俺もシドと一緒にデルビートルを倒せないかな? って思ってる」
「はぁ?」
「この後戻ってくるベアさんたちのことを考えたら、ここでデルビートルを排除しておくことは悪くないはずだ。違うか?」
「それは……」
俺の考えを聞いたシドは驚きに目を見開くが、すぐさま顔を引き締めると、三白眼で睨んでくる。
「でも、コーイチ。お前、戦えないじゃないか」
「そ、そうだけど……」
それを言われてしまうと、俺としては返す言葉もない。
念のため、扉を抜ける前にナイフを抜こうとしてみたのだが、相も変わらず俺は次々と訪れるフラッシュバックに耐え切れず、失神寸前にまで追い込まれてしまった。
間一髪のところでシドが支えてくれたが、あのまま倒れていたら、俺はきっとあの
本当ならシド一人に危険を負わせるのではなく、俺も同じ場所に立って彼女の生存率を少しでも上げたいところだ。
ソラとミーファに帰ると約束はしたが、その中には当然、シドも含まれるのだ。
こんな状況になってもまともに戦えない自分が恥ずかしくて、悔しくて死にたくなる。
自分の惨めさに血が滲むほど拳を握り絞めていると、俺の手をシドが優しく包んでくれる。
「コーイチの気持ちはわかるが、今は自分にできることだけをやるんだ」
「シド……」
「大丈夫。あたしは一人で大丈夫だし、これからもあたしはお前の味方だ。だから、今は無理でも、少しずつ変えて行こう」
「…………ああ」
俺が頷くと、シドは惚れ惚れするような優しい笑みを浮かべる。
「そろそろ連中が来る頃だ。それじゃあ、手筈通りに頼むぞ」
「ああ、任せろ」
俺たちは拳を併せて互いの健闘を祈ると、それぞれの持ち場へと移動した。
シドが所定の位置についたのを確認した俺は、扉の影に身を潜めてアラウンドサーチを使う。
俺たちが作戦会議をしている間に赤い光点は随分と移動したようで、もう二つ先の角にまで来ているようだった。
俺は目を開けてシドに身振りで男性たちの居場所を伝えると、彼等がやって来るであろう場所へと目を向ける。
そうして待つこと十数秒、三人の男性が慌てた様子で俺たちの二十メートル先の十字路に現れたと思ったら、そのまま通り過ぎる。
……あれ? どうして真っ直ぐこっちに来ないんだ?
男性たちの行動の意味が分からず、俺が扉から顔を出すと同時に、
「――っ!?」
男性たちが通り過ぎた通路を、巨大な黒い影がガチャガチャと音を立てながら物凄い勢いで去っていった。
「ま、まさかあれがデルビートル……なのか?」
見えたのはほんの一瞬だったが、全長は二メートル以上、体はゲンゴロウのようだが、カマドウマのような長い六本の足を持つ節足動物で、六つの足がガチャガチャと蠢く様は、それだけで全身に鳥肌が立つ不気味さがあった。
明らかに俺より大きな体躯の甲虫の登場に、俺は心臓が早鐘のように打つのを自覚する。
あれだけ大きな昆虫を見るのは、メガロスパイダーに続いて二匹目だが、虫というのはどうしてあんなにも不気味なのだろうか。
いや、それが生物として最も自然に適した姿に進化してきたというのはわかるのだが、それにしてもあの造形はどうにかならないものだろうか。
まだ、誰もが嫌うGに酷似していないだけマシという意見もあるかもしれないが、自分より大きな昆虫はそれだけでアウトだと思った。
そんなデルビートルの見た目の不気味さに慄いていると、
「コーイチ……」
通路の真ん中で待機していたシドから声がかかる。
「次、あいつ等が来る時は、こっちにくるから準備しておけ」
「えっ?」
「あの逃げ方は、奴を撒く時の常套手段なんだ。次に来る時は多少は距離が離れているから、少しは余裕があるはずだ」
「わ、わかった……でも、シドは?」
「あたしは大丈夫だ。あれくらいのサイズなら一発で仕留められる」
嘘だろ? と思うのだが、自信満々にハンマーを素振りするシドの様子を見る限り嘘を言っている様子はない。
「わかった。でも、無茶だけはするなよ」
「任せとけ。今日の夕食はデルビートルの肉でパーティーだ」
「…………それは遠慮しときます」
無邪気に笑うシドだったが、流石に昆虫食に手を出す勇気はない俺であった。
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