第234話 雨降る夜に
その日の夜、固い床に藁を編んで作った敷物を敷いただけの寝床の中で、俺は無言のまま一人、カンテラで照らされたシミだらけの天井を見つめていた。
俺の隣には、いつも一緒に寝たいと申し出てくるミーファはいない。
今日も俺と一緒に寝たいと言ってくるミーファに、疲労困憊だからと言って今日だけは一人にしてもらった。
そうまでして一人になったのには、少し一人で考えたいことがあったからだ。
考えるのは当然、行商人から聞いた俺と同じ力を持つ自由騎士のことだ。
同僚を殺したその男は、各地を転々として出会う人を次々と殺していった。
その殺害方法は、どれも凶器を用いての背後からの刺突攻撃で、相手がどれだけ重厚な装備に身を包んでいても、装甲毎貫いての殺害だったという。
徹底した背後からの殺害に、誰もが背後に気を配るようになったが、それでもその努力を嘲笑うように、男は凶行を繰り返していった。
だが、つい先日まで戦士として未熟だった男に、何時までも好き勝手を許す行商人たちではなく、徒党を組んで何日も張り込み、追跡を繰り返し、山奥まで追い詰めてようやく男に止めを刺したという。
既に男が死んでいると聞いて安心したかと言うと、全くそんなことはなかった。
行商人によると、幾度となく自由騎士を見て来たが、あの男と同じ能力を持つのは俺が二人目だという。
となると、俺にも殺人鬼としての才能があるということだろうか。
俺の能力は、グラディエーター・レジェンズで使用していたアバターの能力がそのまま受け継がれている。
だが、実はそれはただの偶然で、その人物の本質が能力として現れる可能性はないだろうか。
そもそも前に召喚された人たちは、どうやってこの世界に来たのだろうか?
訓練を受けてスキルを身に付けていったということは、グラディエーター・レジェンズ経由で来たのではないのだろう。
となればグラディエーター・レジェンズでは実装されていない未知のスキルを手に入れた人もいるかもしれないし、ひょっとしたら俺にもまだ伸びしろはあるのかもしれない。
ただ、もしその力が、俺の中に潜んでいる破壊衝動を具現したようなスキルだったら?
「俺は……」
殺人鬼なんかじゃない。そう思いたいが、今日の訓練で行商人の背中に浮かんだ黒いシミを見た時の反応を思い返すと、一概に否定もできない。
そんな俺の脳裏に行商人が帰り際に言った言葉が思い出される。
「いいか? 力というのは使う者次第で善にも悪にもなる。コーイチは守るために強くなりたいと言った。その心がけがある限り、お前は大丈夫だ」
何人もの自由騎士を育てて来た者の言葉なだけに、非常に心強いと思う。
それに行商人にはこうも言っていた。
「どれだけ己の力を忌避しても、危機は常に向こうからやって来る。故にいざという時のために……後悔だけはしない備えは万全にしておくべきだ」
後悔だけはしないように……その言葉の重みは嫌というほどわかっている。
俺が行商人に付き返したナイフも、次に会う時までによく考えるようにと、突き返されて今は部屋の隅に転がっている。
全ては三日後、それまで俺は今後の身の振り方について、真剣に考え続けようと思った。
――夜、しとしと雨が降る中、グランド街にある一件の薄暗い寂びれた印象のある酒場に黒い外套に身を包んだ一人の男が入店する。
「やれやれ、雨ってやつはどうも好きになれないね」
独り言を呟きながら店内に数人だけいる客を見渡した男は、ある一点を見つめて口角を上げて笑みを浮かべる。
「よう、ここにいたのか」
そう言いながら男が気安く声をかける先には、ちびちびと一人で酒を飲む行商人の姿があった。
男は断りもなく行商人の隣に座ると、つまみの豆を一つ、断りもなく勝手に摘まみながら話す。
「最近の調子はどうだ? 地下の獣たちとは上手くやれているのか?」
「変わらずだ。特筆すべきことは何もない」
「そうか……じゃあ、まだ例の奴は見つけられていないのか?」
「ああ、連中……親しそうにみえても存外にガードが堅い」
「そりゃそうだろう。そう簡単に見つかれば、何年も俺たちの目を欺けるはずがない」
「そう……だな」
行商人は男の方に視線を向けることなく、ちびちびと舐めるように酒を飲み続ける。
その淡白な反応に、男は肩を竦めながら薄く笑う。
「それじゃあ、引き続き連中の好意を買って、情報を集めてくれ」
「ああ……」
尚も興味なさそうに返す行商人に、男は「任せたぞ」と言って早々に店を後にしようとする。
だが、その背中に、
「そういえば……」
行商人が何かを思い出したかのように声を上げる。
「代わりといっては何だが、賞金首を一人、見つけた」
「へぇ……」
その話を聞いた男は踵を返すと、再び行商人の隣に座って店主に酒を頼む。
「その話、詳しく聞かせてもらえるかな?」
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