第204話 初対面
「それで、これからどうするんだ?」
俺は鼻がもげそうになる臭気に顔をしかめながらシドに尋ねる。
「死体を探すと言っても、当てはあるのか?」
「ああ、ある」
そう言ってシドは、一枚の紙を取り出してカンテラへとかざす。
それは手書きの下水道の地図だった。
現在地がどこだかわからないが、傍から見る限り下水道はかなり広大で、通路が複雑に入り組んでいるようだった。
地図をよく見ると、入り組んだ通路の中にいくつかにバツ印が付いている。
その内の一つを指差しながらシドが説明をする。
「この印は、冒険者たちから寄せられた仲間たちの消息が消えた場所だ」
「えっ、そんな情報が出回っているの?」
「確かに驚くかもしれないが、奴等だって獣人に敵対するより、仲間を弔ってやりたいという思いの方が強いということだろう」
ちなみに、冒険者たちの情報は、集落へとやって来る行商人からもたらされるようで、回収した遺品の買取りも彼等が行ってくれるという。
といっても、パーティーが全滅してしまった場合は、当然ながらどこで死んだかはわからないので、この地図の印以外にも冒険者たちの死体はあるようだ。
「とりあえず、今日は初日だから目星がついている場所を重点的に回ろう」
「そうだね……」
印の場所だと既に死体ごと回収されてしまっている可能性もあるということだが、いきなり冒険する度胸もないので、これぐらいが調度いいだろう。
地図を確認したシドは、大きく頷いて地図を丸めて腰のポーチへとしまう。
「それじゃあ、行こうか」
「いや、ちょっと待って」
そのまま歩き出しそうなシドに、俺は待ったをかける。
「今後のことを考えて、一度ここで付近を索敵しようと思うんだ」
「……わかった。任せる」
「任された」
頷くシドに俺は頷き返すと、静かに息を吐いて目を閉じる。
アラウンドサーチを使うのは、二日前に気絶する直前以来だが、果たして何事もなく無事に使えるか。
「…………ふぅ」
そんな一抹の不安を抱えながら俺はアラウンドサーチを発動させるが、幸いにも特にこれといった抵抗もなく、すんなりと脳内に索敵の波が広がっていく。
そうして広がる波にシド以外の反応が出たのは、目を閉じてたっぷり数十秒、距離にして数百メートル離れている位置だった。
「……どうやらこの近くには、俺たち以外に誰もいないようだよ」
「そうか、それじゃあ急ぎ足で行こう」
「うん……」
俺たちは頷き合うと、互いにフォローできる位置取りを確保しながら下水道を進み始めた。
下水道は、石を組みあげられて造られた半円状の空間に、汚水が流れる水路と、水路を挟むように二人が並んで歩ける通路がある。
水路の太さは三メートルほどあり、幅もさることながら深さもそれなりにあるようで、気軽に飛び越えることはできそうにないので、俺たちは今いる右側の通路だけで立ち回らなければならなかった。
「…………」
「…………」
道中、俺たちは余計な会話を交わすことなく、途中で何度かアラウンドサーチを使って周囲を探索しながら進み続けていた。
すると、
「……そろそろだな」
地図を見ていたシドが顔を上げて俺に質問してくる。
「コーイチ、周囲に魔物の反応は?」
「ないよ。いくつか反応があっても動いている様子はない……この時間なら魔物も寝ているんじゃないかな?」
「だといいがな……引き続き監視の方を怠らないでくれ」
「了解っと」
ここまでは順調に来ているが、慢心はよくないからな……俺は再びアラウンドサーチを使って周囲を探る。
…………よし、やはり近くに俺たち以外の反応はないな。
脳内の赤い光点を見ながら状況を確認していると、
「コーイチ、あったぞ!」
シドの嬉しそうな声が聞こえ、俺は目を開けて声の方へと向かう。
カンテラの灯りを頼りにシドの下へと向かうと、彼女の足元に黒い大きな物体……おそらく冒険者の死骸と思われるものがあった。
「…………」
俺は万が一のことを考え、動悸を抑えるように胸に手を当てながらゆっくりと前へ進む。
「安心しろ。いざという時は支えてやるから自分のペースで来るんだ」
すると、俺の症状を案じてシドから優しい声がかかる。
……本当に、シドはいい女だと思う。
俺はシドの期待に応えるように力強く頷くと、焦らず、しっかりと地面を踏みしめるようにして前へと進む。
大丈夫。何があっても俺にはシドがいる。
そう自分に言い聞かせながら、俺はシドの足元に転がる死骸へと目を向ける。
「――っ!?」
瞬間、俺の脳裏にこれまで見た数々の死体がフラッシュバックして意識が飛びそうになるが、すんでのところで両足で踏ん張って耐える。
「コーイチ……大丈夫か?」
「な、なんとかね……」
俺は微かにシドの匂いがする布を鼻に押し付け、何度か深呼吸を繰り返して精神を安定させようとする。
……こんなことで精神を安定させようとかまるで変態だな。
改めて自分の行動を顧みると、とんでもないことをしていると思うが、今は非常事態と割り切って精神の安定を優先させた。
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