第201話 大切に想うから

「何、死体漁りスカベンジャーの仕事だって?」


 その日の夕食、俺はシラスのような小さな魚が入った殆ど味のしないスープを飲みながら、シドにベアさんから聞いた話をしていた。


「ああ、ベアさんから聞いたんだけど、シドも普段は死体漁りの仕事をして生計を立てているんでしょ?」

「あ、ああ、そうだけど……」


 俺からの質問に、シドは戸惑いながらも頷く。


 その理由は、シドの横でソラが「普段は?」と小さく小首を傾げているので、ひょっとしたら、俺たちが風俗店で出会ったことがバレたのかと思っているのかもしれない。


 だが、安心して欲しい。その情報だけは墓場まで持って行くつもりだから。

 俺は目でシドにそう訴えながら、自信の考えを話す。


「もし、よかったらその仕事に俺も連れて行ってくれないか?」

「一緒に行くって……コーイチ、本気で言っているのか?」

「ああ、本気だ。俺だってこのまま何もしないでシドの世話になるつもりはないよ。だから、自分にできることをやりたいんだ」

「それはありがたいが……言うまでもなく下のフロアは危険だぞ?」


 探るように話すシドのその顔には、俺を気遣うような心配の色が見える。

 シドのことだから、敢えて口に出さずに俺を諫めてくれているのだろう。


 戦う力を持たない俺が魔物の蔓延る下のフロアに行っても、命の保証はないぞ、と。

 だが、当然ながらその問題も織り込みだ。


「大丈夫、それもわかってるよ」


 俺は頷きながら、自分のこめかみ辺りをトントンと軽く叩く。


「シド、俺の力を忘れていないかい?」

「コーイチの力?」

「そうだよ。確かに戦う力はないけど、俺は危険を察知する能力と、逃げる力になら自信がある」

「あ……」

「俺の力を使えば、魔物とのエンカウントはほぼ無効化できる。無理して戦う必要のない死体漁りという仕事に、正にピッタリの能力だと思わないか?」

「た、確かに……」


 俺の言葉に、シドは「むむむ……」と唸る。


 だが、そこですぐさまオッケーを出さないのは、これまでシドが長女として、一家の柱として二人の妹を見守ってきたからだろう。

 自分が苦労を背負ったり、傷ついたりすることは厭わないのに、自分と一緒の苦労を他人が背負うことを中々容認できない。


 それがシドの性質なのだとしたら、少しでもその負担を軽減してあげたかった。


「シド……」


 俺は手を伸ばしてシドの手を取ると、真剣な眼差しで彼女の目を見て話す。


「君はこの前、俺も家族の一員だと言ってくれた。その言葉に噓偽りはないんだよね?」

「えっ? あ、ああ……もしかして迷惑だったか?」

「とんでもない」


 その言葉を俺はかぶりを振ってすぐさま否定する。


「俺……シドに家族と言ってもらえてとても嬉しかった。全てを失って絶望していたけど、まだ生きていていいって言ってもらえたようで凄く嬉しかった……本当にありがとう」

「……よせよ。照れるじゃないか」


 そう言いながらシドは握られていた手を離そうとするが、俺は力を込めて両手で彼女の手をしかと握る。


「……実はね。ベアさんからシドの仕事の成果は、決して良くないと聞いているんだ」


 シドの仕事の成果が上がらないのは、自分だけは絶対に死ぬわけにはいかないと、ごく限られた範囲でしか活動しない……端的に言えば、リスクを負わないからだと聞いた。


 ベアさんをはじめとする男性たちは、少しでも多く日銭を稼ぐためにリスク度外視でどんどん奥へと進むので、シドは彼等と一緒に仕事ができず、常に一人で行動しているという。

 そんなシドの助けに少しでもなりたい。それは俺の偽りざる本心だった。


「俺の力を使えば、リスクを最小限に抑えて活動範囲を広げられる。違うかい?」

「……そうかもな」

「だったらお願いだ。俺を家族だと言ってくれたのなら、俺にも家族の一員として、シドの力にならせてくれ。この通りだ」

「コーイチ……」


 頭を下げてお願いをする俺を見て、シドは困ったように眦を下げる。


「…………」


 何度か口を開いたり閉じたりを繰り返すが、シドの口から言葉が発せられることはない。

 そうして何かを逡巡するシドに、横から助け舟が出る。


「姉さん、ここはコーイチさんのお言葉に甘えましょう」

「ソラ……」


 心配そうに視線を彷徨わせるシドに、ソラはニッコリと穏やかな笑みを浮かべて返す。


「心配しなくても、コーイチさんなら大丈夫ですよ。それに、姉さんが許可しなくても、コーイチさんはベアさんや他の男性にお願いして死体漁りの仕事を始めてしまいますよ……ですよね?」

「えっ? あ、ああ、そうだね」


 俺が頷くのを確認したソラは、俺の手に重ねるように自分の手を重ねてシドに優しく話しかける。


「でしたら、姉さんがコーイチさんと一緒に行動して守ってあげればいいじゃないですか。おそらくそれが最善策だと思います」

「う~んとね。ミーファもそうおもう!」


 すると、ソラに追従するようにミーファも俺たちの上にぺちっ、と小さな手を重ねてくる。


「おにーちゃんとおねーちゃんがなかよくなったら、おにーちゃん、ずっとミーファのおうちにいてくれるんでしょ? だったら、ミーファはおにーちゃんとおねーちゃんはいっしょがいい」

「ミーファ……………………わかったよ」


 二人の妹の言葉に、シドは諦めたかのように大きく息を吐くと、俺のことを真剣な眼差しで見つめてくる。


「……コーイチ、これだけは言っておくぞ」

「何だい?」

「コーイチの能力を疑うつもりはないが、下水道ではあたしの指示に絶対に従ってもらうぞ……絶対だからな?」

「ああ、わかってるよ」


 勝手がわからない場所で、身勝手に振る舞うほど俺は疎かではない。


「約束するよ。何があっても、シドの指示に従うよ……ただし、シドが危ない目に遭いそうなときはわからないけどね」

「ハッ、言ってくれるじゃないか……」


 俺の安い挑発に、シドは犬歯を剥き出しにして獰猛に笑う。


「じゃあ、明日から早速仕事に行くぞ。容赦はしないから覚悟しておけよ」

「望むところだよ」


 俺も白い歯を見せて返すと、信頼してくれた礼を伝えるように重なっている手に力を込めた。

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