第199話 獣人のお姫様

 俺たちの前に現れたソラは、自分の胸に手を当て、慈母のような笑みを浮かべてレンリさんに笑いかける。


「困っている人がいるなら皆で助ける。当然じゃないですか」

「…………フン」


 眩しい笑顔でハッキリと告げるソラに、レンリさんはふて腐れたように視線を逸らす。


「誰もがお姫様みたいに能天気でいられないの。それぐらいわかれっての」

「お、お姫様!?」


 レンリさんの言葉に、俺は思わずソラを見る。

 これまでも何度か一般人と比べて随分と上品だなと思っていたが、まさかお姫様だったとは……、


「い、いえいえ、私はそんな立派な者じゃありませんよ」


 俺からの羨望の眼差しに、ソラは顔の前で激しく両手を振りながら否定する。


「も、もう、レンリさん。私のことをお姫様って呼ぶのやめて下さいっていつも言ってるじゃないですか」

「なによ。実際、あんたはお姫様じゃない!」


 謙遜するソラを、レンリさんは射貫くように睨む。


「こんな穴倉に押し込められ、行動の自由も奪われて誰もが絶望したわ。未来は完全に閉ざされたってね……なのにソラ、あんたはただ一人、いつまで経っても諦めようとしない」

「それは……自由騎士様が現れて、私たちを解放してくれると信じていましたから」

「それよ! 何、信じてるって!? そんなありもしない現実にいつまでも縋るなんて……白馬の王子様を待つお姫様そのものじゃない。そうしてあんたが夢物語を語る間に、何人の獣人が犠牲になったと思ってるのよ!」

「ですが……現に今、コーイチさんが現れたじゃないですか」

「――っ!? だから何よ。それにこいつが現れたからってどうだっていうのよ。自由騎士様だか何だか知らないけど、何も変わらないじゃない!」


 目に涙を浮かべたレンリさんは、猫のように鋭い視線で俺を睨む。


「あんた……コーイチとかいったね。それで、いつになったら私たちをこの穴倉から出してくれるの? そのためにあんたは何ができるの?」

「そ、それは……」


 ここで下手なことを言えるほど俺は強気にはなれないので、肩を落として正直にレンリさんに告げる。


「ごめん、俺は多分、君が思っているような力なんて……ない」

「――っ!?」


 その言葉に、レンリさんは顔を真っ赤にして思わず手を振りかぶるが、


「…………チッ」


 舌打ちを一つして手を下ろすと、


「とにかくこっちはこっちで好きにさせてもらうわ。お姫様の幻想や役立たずの自由騎士に付き合う気は毛頭ないから……」


 そう吐き捨てると、最後に俺を一睨みして去っていった。




「…………」


 レンリさんが去っていった後、俺は顔を伏せたまま立ち尽くしていた。

 水路で奥様方を見て、獣人たちは誰もが陽気で、こんな生活に追い込まれても希望を捨てない強い人たちだと思っていた。


 だが、そんな馬鹿げた話、あるはずがないのだ。


 獣人たちにだって俺と同じように暮らし、笑ったり怒ったりといった感情を持ち合わせているのだ。

 当然ながら、少しでも良い暮らしをしたいという思いは誰もが持っているはずで、それを成すためには、こんな地下で満足できるはずがない。

 俺はただ、シドたち三姉妹を守れればいいと思っていたが、彼女たちのことを本気で思うのならば、ただ守るだけでは駄目なのだ。


 三姉妹が眩しい陽の下で、何者にも阻害されずに過ごせる。


 そんな当たり前の日々を用意してやらなければ意味がない。

 だが、碌に戦えない。街では賞金首として指名手配されている俺がどうやってこの状況を切り開けるというのだろうか。


「…………」


 いつもの俺ならここで無理だと一蹴するところだが、今まではその後ろ向きな考えの所為で、失敗し続けて来た。

 だからこそ、今回だけは諦めたくない。

 そう思って俺は頭をフル回転させてどうにか考えようとしていると、


「……そんなに思いつめないで下さい」

「くださ~い」


 俺の手を、誰かが優しく包み込んでくれる。

 目を向けると右手をソラが、左手をミーファがそれぞれ握り、俺に向かって笑いかけてくれていた。


「コーイチさん、私の言ったことは気にしなくていいんですよ」

「でも、レンリさんの言う通り、俺は役立たずだし……」

「そんなことないです。コーイチさんは役立たずなんかじゃありません!」


 ソラは強くかぶりを振って俺の言葉を否定すると、俺の手を握る手にさらに力を込める。


「コーイチさんが来てくれて、姉さんとミーファがとても楽しそうにしています。当然、私もコーイチさんがいてくれるだけで、ドキドキします」

「それは……」


 俺の能力であるアニマルテイムの所為だよ、とは言えなかった。


 その一言は、ソラたちを人ではない……獣と同義だと認めているようなものだからだ。

 例え彼女たちがアニマルテイムの所為で好意を持っているのだとしても、その力に奢ることなく、彼女たちに認められるようにならなければならない。


 確かに今はレンリさんに言った通り、何の役にも立たないかもしれない。

 だけど、いつかトラウマを克服して、三姉妹と一緒に青空の下、大手を振って街中を歩けるようにしたい。

 それが今の俺の願いだった。


 だが、そんな恥ずかしいことを面と向かって言えるはずもないので、ソラに代わりに何て言おうか考えていると、


「ところで、コーイチさん」


 俺の手を握る手に、さらに力を込めながらソラが話しかけてくる。


「レンリさんとお知り合いのようでしたけど、何処で知り合ったのですか?」

「えっ?」


 思わぬ一言に、俺の表情が凍り付く。

 それをどう取ったのか、ソラは初めて見せる薄い笑みを浮かべると、


「その辺の話、じっくりと聞かせて下さいね?」


 そう言って、俺の手をギュッ、と力強く握りしめてきた。

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