第192話 監獄の名残り
「さて……それじゃあ、朝飯でも食いに行くか」
そう言われて俺は、カンテラを持つシドの後に続いて彼女たちの部屋を出る。
果たして、グランドの街の地下にある獣人たちの集落とは、どのようなものなのだろうか。
そうして、部屋から一歩出てすぐ……、
「おわっ!?」
俺は目の前に飛び込んできた景色を見て、驚いてその場に尻もちをつく。
「ハハハ、ナイスリアクションだな」
尻もちをついた俺に、シドが笑いながら手を伸ばしながら話す。
「だけど、ふらふらしてると危ないから気をつけろよ」
「あ、ああ……ありがとう。で、でも怖いから寄りかかっていい?」
「……いいけど、変なところは触るなよ」
俺はシドの強い力に引っ張られながら立ち上がると、了承を得ているので、彼女に寄りかかるように身を寄せながらおそるおそる足元を見る。
そこには、あるべき地面がなかった。
下は暗闇でよく見えないが、俺のすぐ真下には通路のようなものが見えることから、ここは何階層かに別れた建物の階層の一つであると思われた。
横を見れば、細くて長い通路と、鉄格子で仕切られたいくつもの部屋が見え、そこで俺はここが元監獄だったことを思い出す。
流石に服役した経験はないが、洋画とかで見る刑務所の光景と、この建物の構造はよく似ていると思った。
ただし、この映画で見る刑務所とは決定的な違いがあった。
それはそれぞれの階層の細長い通路に、転落防止柵が付いておらず、一つ間違えばあっという間に通路から転落して肉塊に代わる可能性があるということだ。
さらに、通路は老朽化が進んであちこちがヒビ割れ、冗談抜きで今日明日にでも崩れ落ちてしまうのでは、と錯覚するほどだった。
落下するかもしれないという恐怖に、俺は顔を引き攣らせながら、助けを乞うようにシドにさらに密着する。
「シ、シド……は、早く下に下りよう」
「わ、わかった。わかったからそんなにくっつくな!」
「わわっ! お、押さないで。俺、まだ足に力が入らなくて……このままじゃ死ぬ! 死んじゃうから!」
「ひ、ひひ、引っ付くなって! ああ、もう、こうなったら……」
「おわっ!?」
シドは自棄になって叫ぶと、俺の肩と足へと手を伸ばして一気に抱え上げる。
所謂、お姫様だっこの姿勢で俺を抱え上げたシドは、引き攣った笑みを浮かべながら俺に向かって話す。
「ど、どど、どうだ。このまま下まで運んでやるからおとなしくしてろよ」
「は、はい……わかりました」
かなり恥ずかしいが、それでも今の体に力が入らず、足腰がふらついている状態で歩くよりはマシなのでこのままされるがままにする。
ただ、
「あ~、おにーちゃんとおねーちゃん、二人だけでギュッ、とだっこしてずるい ミーファもだっこ……だっこして!」
「…………」
「…………」
事情を今一飲み込めていないミーファの一言に、俺とシドの顔は一瞬にしてゆでだこのように真っ赤に染まったのであった。
それから俺は、シドに階段がある場所までお姫様だっこで運んでもらった後、彼女とミーファに肩を貸してもらってどうにか階段を下りた。
やはりというか、階段もあちこちに老朽化が進んでおり、一歩進む度に命が縮んでいくような気がして、一番下まで下りるのにかなりの時間を要した。
「…………はぁ」
とりあえず一階まで下りることができたことに、俺は安堵の溜息を吐く。
「はぁ……はぁ……や、やっと着いた」
「つ、疲れた…………はぁ……」
片で息をする俺に合わせるように、シドもまた肩で大きく息をする。
額の汗を拭うシドの頬は赤く染まり、顎を伝って流れた汗が鎖骨を伝って彼女の胸元に流れていく様を見て、俺は思わず視線を逸らす。
シドの服装は、活発な彼女に合った動きやすそうな体にフィットしたチュニックに、裾が破れて短くなった皮のジャケット。下半身はホットパンツという露出がかなり多い服装なのだが、彼女の竹を割ったかのような気質から色気はあまり感じない。
だが、階段を下りる途中、密着したシドから伝わる熱や、薄着であるが故に必要以上に感じてしまう女性特有の柔らかさ。そして、仄かに香る甘い匂いに俺の動機はかなり早くなっていた。
「コ、コーイチ……この借りは高くつくぞ」
そう言いながら恨みがましく俺を見るシドの目は、怒りの色が見えるのだが、いつもより迫力が少なく感じる。
そんないつもより艶っぽい雰囲気のシドに、俺はどぎまぎしながらもどうにか謝罪する。
「その……本当にゴメン。体が元に戻ったらちゃんと自分の足で歩くから」
「と、当然だ。もう、二度とやらないからな……二度とだぞ!」
念を押すようにそう吐き捨てたシドは、肩を怒らせながら大股で歩きはじめる。
そのまま自分だけどんどん先に進んでいく背中を見て、俺はバツが悪そうに頬をかく。
「ああ……怒らせちゃったな」
悪気はなかったのだが、流石に今回のは俺が全面的に悪いので言い訳のしようがない。
後でどうにか誤り通してシドに機嫌を直してもらおう。そう思っていると、
「ねえねえ、シドおねーちゃん、おこっていないよ?」
ミーファが俺の裾を引っ張りながら、思わぬ一言を告げてくる。
「おねーちゃん、お顔まっかっかだったから、きっと恥ずかしかったんだよ」
「……そうなの?」
「そーだよ。だってシドおねーちゃん、おにーちゃんのことだいすきだもん」
「そ、そうなんだ……」
本人以外から好きなんて言われると、どういう反応していいものか迷ってしまう。
まあ、子供の言うことなのであんまり真に受けると恥をかくかもしれないし、ミーファなりに俺に気を使ってくれたのかもしれない。
ここは話半分に聞いておいて、後でシドに謝るのが無難だろう。
そう決めた俺は、笑顔を浮かべて心配してくれたミーファの頭を撫でる。
「ミーファ、ありがとな」
「えへへ~、どういたまして」
はにかみながら舌足らずに笑うミーファの頭をもう一度撫でると、俺は彼女と手を繋いで前を行くシドを追いかけた。
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