第191話 寝ぼすけへの罰は
改めて地下での生活の難しさについて考えていると、
「……おにーちゃん」
ミーファが俺の裾を掴みながら小さな声で話しかけてくる。
顔を向けると、下を向いて唇を尖らせたミーファが俺を見ていた。
いつも元気なミーファらしからぬ意気消沈した様子に、俺はしゃがんで彼女の目線に合わせて話しかける。
「どうしたの? 何だか元気ないけど、どっか痛む?」
「ううん、違うの」
ミーファはゆっくりとかぶりを振ると、
「あの……あの……おにーちゃん、ごめんなさい!」
俺に向けて頭を下げて謝罪してきた。
いきなり謝られても、一体何のことだかわからない。
だが、ミーファが謝るということは、俺に何かいけないことをしたのかもしれないので、一先ずは彼女の話を聞こうと思う。
俺はなるべく怖がらせないように、努めて明るい声でミーファに話しかける。
「ミーファ、お兄ちゃんに何かいけないことでもしたのかい?」
「――っ!?」
「大丈夫。お兄ちゃん、別に怒っていないから、本当のことを話してごらん?」
「…………うん、」
優しく声をかけた甲斐があったか、ミーファはこっくりと頷くと、泣きそうな顔でその理由を話す。
「あの、あのね、シドおねーちゃんにおにーちゃんをおこすように言われて、おにーちゃんを起こそうとしたんだけど……」
「俺と一緒に寝ちゃった?」
その問いに、ミーファはこっくりと頷く。
…………可愛い。
俺に謝ったその余りにも可愛らしい理由と、しおらしい姿に、俺はミーファをおもいっきり抱きしめたい衝動に駆られるが、必死に歯を食いしばってどうにか耐える。
「…………」
何故なら、ミーファの後ろでシドが俺に向かって三白眼で睨んでいたからだ。
その目を見ただけで、シドが俺に何を言わんとすることを理解する。
それはミーファを甘やかすな、だ。
しかし、そうはいっても俺にはミーファをしかる理由がないのだ。
俺はただ普通に寝ていただけで、昨日の晩にミーファに起こしてもらう約束をしたわけでもないし、これといった実害を受けたわけではない。
俺が朝弱くて起きられないのは昔からで、最低でも目覚ましを時間差で三つはかけておかないといけないほどだった。
例えミーファが俺を起こしに来ても、すんなりと起きられたかどうかを問われると、かなり自信がない。
だから、俺にはミーファをしかる理由がないのだ。
……………………シド、ごめん。
俺は心の中でシドに謝罪すると、俯くミーファに手を伸ばし、彼女の体を抱き上げて優しく頭を撫でる。
「ミーファ、お兄ちゃんは気にしていないから謝らなくていいよ」
「……そうなの?」
「そうだよ。お兄ちゃんは根っからの寝ぼすけさんだからね。多分だけど、ミーファが一生懸命起こそうとしても、起きなかったと思うんだ」
「うん、おにーちゃん。ぜんぜんおきなくて…………ミーファ、こまっちゃったの。それでこまってう~ん、う~んしてたら寝ちゃったの」
「だろ? だから悪いのはお兄ちゃんだから、ミーファは気にしなくていいんだよ」
「そう……なの?」
そう言いながらミーファが見る先は、姉であるシドだ。
思い通りにいかず、シドは苦虫を嚙み潰したような顔をしているので、俺はミーファを庇うように抱きながら彼女へと話しかける。
「シド、今回は俺の過失だから、ミーファを許してやってくれないか?」
「……それは本気で言っているのか?」
「ああ、本気だよ。だからしかるなら俺をしかって欲しい。なんならミーファの代わりに罰だって受けるさ」
「わかった」
俺の決意に、シドはゆっくりと頷くと、
「今日からコーイチも我が家の一員だからな。手加減はしないぞ?」
「望むところだ。遠慮なく何でも言ってくれ」
「いい返事だ。それじゃあ……」
シドは犬歯を剝き出しにして獰猛に笑うと、俺が受けるべき罰を言う。
「コーイチは明日からあたしたちと一緒に、早起きしてもらうからな」
「……えっ?」
「言っておくけど、あたしたちはこの集落の朝食作りをしているからかなり朝は早いぞ。容赦なく叩き起こしてやるから覚悟しておくんだな」
「りょ、了解しました」
一度言ってしまった以上、撤回するわけにもいかないので、俺は冷や汗を流しながら頷く。
もしかして俺は、とんでもない約束をしてしまったのではないだろうか。
そう思うが、
「おにーちゃん、ミーファもいっしょにおきるから、がんばろうね」
「…………ああ、そうだね」
ミーファにこんなことを言われては、頑張るしかなかった。
それに、朝早く起きると決まっているのなら、早めに寝て十分な睡眠を取れば、起きるのも容易いはずだ。
そう考えれば、シドとの約束を守るのは難しくないように思えた。
そう……多分、きっと。
まあ、でも念のために、明日からキチンと起こしてもらえるよう、後でミーファにお願いしておこう。
俺は心の中でそう固く決意すると、シドの後に続いて部屋を後にした。
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