第186話 闇の住人

 どうにかしてシドを落ち着かせたい。

 そう思う俺だったが、可愛い小悪魔の暴走はまだ止まらない。


「あっ、でもでも、ソラおねーちゃんはやさしいからすき~」

「フフッ、ありがとう」


 ミーファの言葉に、いつの間にか戻っていたソラが嬉しそうに微笑む。


 いや、ソラさん? ありがとうってだけ言って終わらないで、君のお姉さんのフォローもしてあげてよ。


 褒められてニコニコなソラとは対照的に、シドの顔がみるみる不機嫌なものへと変わっていくじゃないか。

 ひしひしと感じるシドからの無言のプレッシャーに、俺は冷や汗を流しながらミーファへと話しかける。


「あのな、ミーファ」

「な~に、おにーちゃん」


 可愛らしく小首を傾げるミーファに、俺はシドの方をちらちら見ながら諭すように話しかける。


「シドのこと悪く言わないでやってくれないか?」

「……どうして?」

「どうしてってそりゃ、シドもミーファのことが大好きだからだよ。大好きで、心配だからそうやって注意してくれるんだよ?」

「そうなの?」

「そうなんだよ。だから、シドのこと悪く言わないであげて欲しいな」

「う~ん……」

「お願い。ここは兄ちゃんのために、な?」


 俺の言葉に、ミーファは俺とシドの顔を何度か見比べ、小首を傾げていたが、


「わかった。おにーちゃんがミーファのおうちにあそびに来てくれたから、それでゆるしたげる」

「そ、そうか……ありがとう」


 そう言ってミーファの頭を撫でると、彼女は「むふ~」と鼻息荒く俺の胸板に頬擦りしてくる。


 これで一段落か……そう思ったが、


「おい、コーイチ。これはどういうことか説明してもらうからな」

「…………はい」


 まだまだ俺の前途は多難なようだった。




 それから俺は、シドにミーファとの出会いについて事細かく説明した。


「なるほどな……」


 俺の話を聞いたシドは、俺の腰にべったりとくっついてご満悦な様子のミーファをちらりと見て、呆れたように嘆息する。


「最近、コソコソと何処かに出かけているとは思ったが……まさか、コーイチに手籠めにされているとは思わなかったな」

「手籠めって!?」


 いくら何でもその評価は心外である。

 俺は自分の尊厳を取り戻すために、凛とした態度でシドに抗議する。


「言っとくけど、俺はミーファに対して、特別気に入られるようなことをしたわけじゃないからね?」

「……本当か?」

「本当だよ。流石に子供に手を出すような趣味はない。ミーファはそう……姪みたいなものだからよ」

「そうか…………」


 俺の真剣さが伝わったのか、シドは渋々ながらも納得してくれる。


 これで、ミーファの件は一段落ついただろうから、今度はこちらの番だ。

 俺は焚き火のすぐ傍に腰を下ろしたシドの方を見ながら、彼女に質問する。


「なあ、俺を助けてくれたのって、やっぱりシドなのか?」

「ああ、近くでコーイチの匂いがしたから、もしかしてと思ったんだ」

「じゃあ、ここは?」

「獣人たちが住む集落だよ。それで、ここはあたしたち三姉妹の家というわけだ」

「そう……なんだ」


 シドによると、人の匂いが近付いていると集落で話題になったところ、それが俺の匂いであると気付いた彼女が敵ではないから安心しろといって現場まで赴き、意識を失って倒れていた俺を、自分の住処であるここへと連れて来てくれたという。


 以前、ミーファが自分の家のことを真っ暗だと言っていたが、焚き火の灯りがなければ、何も見えない完全な闇であることには違いない。

 しかし、それにしても……、


「まるで独房みたいだろ?」


 俺の考えを見透かしたかのように、シドが唇の端を吊り上げて卑屈そうに笑う。


「そ、そんなことは……」

「気にしなくていいよ。実際、ここは昔、独房だったみたいだからな」

「えっ?」

「覚えてるか? この街の地下は全部で三層に別れているって話……」

「覚えてる。ということは?」

「ああ、ここがその二階層目、囚人を入れておく元監獄というわけだ」

「そう……か」


 どうやら獣人たちは、この棄てられた監獄を住処としているようだった。

 果たしてここに何人の獣人が住んでいるのかわからないが、こんな場所で生活など成り立つのだろうか。


「ところでコーイチ……」


 獣人たちの生活環境について考えていると、不思議そうな顔をしたシドが尋ねてくる。


「お前、起き上がれないって一体、何があったんだ?」

「それは……多分だけど、力を使い過ぎた代償だと思う」

「力? それって例の索敵するアレか?」

「そう、それ。地下水路を進むのに使いまくったから、それが原因で倒れたってわけさ」

「なるほど……それで、治る見込みはあるのか?」

「ある……と思う」


 そう答えると同時に、俺の腹が盛大に鳴って空腹を訴えてくる。


「…………」

「…………」


 場の空気をぶち壊すような間抜けな音に、俺は思わず赤面する。


「クックック、なるほど……そういうことね」


 赤面する俺に、シドは肩を揺らしながら笑うと、


「まあいい、今すぐ飯を用意してやるから待ってろ」


 そう言うと、シドは二人の妹に手伝うように指示しながら立ち上がった。

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