第164話 すぐそこにある危機

 俺が抱える問題は、他にもネームタグの件がある。


 確か、ネームタグを体に入れない状態で、丸一日経ってしまうとネームタグは消滅してしまうはずだ。

 ギルドが保証してくれる雄二と違って、とてもじゃないが俺の経済力では追加のネームタグを買うことはできない。

 故に、どうにかして明日の夜までにネームタグを回収する術を模索しなければならない。


 やるべきことは山ほどあるが、とにかく今は自分たちの安全を確保するのが最優先にしたい。

 先ずは今後のために、自分の目的地ぐらいは知っておきたいと思った俺は、シドに聞いてみることにする。


「なあ、シド。これから何処に行くんだ?」

「あたしの家だよ。家族が待っているから早く帰って安心させないといけないからな」

「そうか、シドの家か……」


 さっきから迷いなく進んでいると思っていたが、家に帰ろうとしていたのか。

 おそらく、これまでに何度もこの道を通っているのだろう。


「それで、シドの家ってここから近いの?」

「ああ、ここからならさほど時間はかからない」

「そうなんだ……」


 ということは、この地下水路から街の外へと抜ける道があるということなのだろか。

 そう思っていたのだが、


「地下二階にちょっとした空間があってな。そこがあたしたち獣人たちが住む集落となっているんだ」

「……えっ?」


 今、何て言った?


「え、ええっ!? シドってこの街に住んでいたのか?」

「……その様子だと、本当に知らなかったって感じだな」


 もう言ってしまったから仕方ない。そう言って、シドは地下の構造について話してくれる。


 グランドの街には三階構造の地下施設があり、一階が上水道、三階が下水道となっているという。


「そして、それぞれの上下水道が隣り合わないように、間に囚人などを入れておくための監獄が造られたんだ。そのスペースに、あたしたちのような追われた者たちが多く住んでいるのさ」

「追われた……それに監獄って、今でも使われてたりしないの?」

「しないな。最近は囚人を地下に入れる手間を省くため、とっとと処理するらしいからな」

「処理……」

「簡単な話、大衆の面前で見せしめに処刑することだよ」

「マジか……」

「マジだよ。一部の庶民の娯楽のためにやってるって話だけど、悪趣味過ぎて反吐が出るね」

「…………」


 吐き捨てるように言うシドの台詞に、俺は言葉を失う。

 見せしめの処刑があるなんて知らなかった。

 確かに罪人に関する扱いをこれまで聞いたことがなかったが、それはネームタグという強力な抑止力が働いているから、そういった犯罪がないのだと思っていた。


 だが、実際は俺が知らなかっただけで、結構な頻度で夜に罪人の処刑が行われているという。

 もしかして泰三が俺に夜に外出を控えるように言ったのも、そんな現実があることを俺に知られたくなかったのかもしれない。


 そして、その処刑が近日中に行われることを泰三が知っていたなら、その対象となる者は今夜、あの店にいた者になるのではないだろうか。


 まさか……そんなはずはない。


 そう信じたいが、俺の脳裏に『ネームタグがないことは死を意味する』という言葉が重くのしかかってくる。

 それと、俺たちを気にかけてくれているリムニ様やクラベリナさんの不在、決まった時にしか営業しないという闇の風俗店、団長不在となった途端に活発的になる自警団……。

 他にも、今あるこの状況全てが俺たちに対して不利に働いているとしか思えなかった。

 その事実に気付いた時、俺は自分の右手に何もないことが急に恐ろしくなって来て小さく震える。


 気が付けば、俺はシドから手を離してその場に立ち尽くしていた。


「……どうした?」


 いきなり動かなくなった俺に、シドが心配そうに話しかけてくる。


「もしかして、あたしたち……獣人の集落の行くのが嫌なのか?」

「そうじゃない……そうじゃないんだけど……」


 俺はすぐ近くまで来てくれたシドの手を握りながら、震える声でどうにか言葉を絞り出す。


「もしかしたら、俺の親友が処刑されるかもしれない。そう思ったら……」

「処刑って……お前たち自由騎士なら流石に大丈夫なんじゃないのか?」

「確かに平時ならそうだったかもしれない。でも……」


 そう前置きして、俺は自分の考えをシドに話した。

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