第157話 強襲

 シドは狼人族ろうじんぞくと言うぐらいだから、狼の獣人なのだと思われる。だが、耳を立てて周囲を警戒する様は、何だかプレーリードッグみたいで可愛いと思った。


 ただ、非常事態だとすれば、このまま膝枕をされるのもどうかと思うので、俺は顔を上げてシドの横に座る……まあ、シドの太もも、筋肉でカッチカチだしね。


「…………」


 何があったかシドに尋ねてみたいが、彼女は忙しそうなので、俺は俺でやるべきことをやろうと思う。

 先ずは、何が起きたのか把握する為、外に出て店の人間に尋ねようとすると、


「……駄目だ。外に出るな!」


 シドが俺の腕を掴んで、鋭い声で注意してくる。

 有無を言わさない強い力に、俺は顔をしかめながらシドに尋ねる。


「ど、どうして?」

「……おそらく、奴等が来る」

「奴等?」

「ほら、来るぞ!」


 シドがそう告げると同時に、階下から何かが弾け飛ぶような轟音が響き渡る。

 続いて、怒声と共に大勢が建物内になだれ込んで来るような足音が聞こえる。


「な、何だ!?」

「チッ……」


 困惑する俺とは対照的に、シドの動きは的確だった。

 シドは立ち上がると、両手で自分のドレスの裾をビリビリと破る。

 太ももどころか、腰ぐらいまで一気にドレスを破ったシドは、両足の邪魔にならないようにと、二つに裂けた布を腰骨の上辺りで一つにまとめて結ぶ。

 結果、裂け目からチラチラとパンツが見えてしまっているが、シドは全く気にした様子もなく足を振り上げると、


「ハッ!」


 気合のかけ声を上げながら、窓に嵌っていた木の板を蹴り割る。

 二度、三度と立て続けに蹴りを繰り出して窓を開放したシドは、窓枠に足を乗せて俺へと手を伸ばしてくる。


「ほら、コーイチ。手を出せ、逃げるぞ」

「えっ、ええっ!?」


 いきなり逃げると言われても、状況が掴めていないのにシドの手を取っていいものかわからない。


「……ああ、もう、じれったい」


 すると、困惑する俺にシドが手を伸ばして来て俺の頭をロックすると、外を見るように促す。


「早く逃げないと、あそこにいる奴みたいになるぞ」

「あそこって……」


 シドにヘッドロックされ胸の柔らかさにどぎまぎしながらも、彼女の指差す方に目を向けると、何か黒い塊が見えた。

 一体何だろうと思って目を凝らして見てみると、


「――ヒッ!?」


 それは人の首だった。

 まだ斬られて時間が経っていないのか、傷口からはとめどなく血が流れ、地面に血だまりを作っていく。

 首から下はというと、建物の入口から僅かに出ている不自然に曲がり、微動だにしない足がそうだと思われた。


 こんな街中でいきなりの刃傷沙汰に巻き込まれるとは思わず、俺は緊張で今にも破裂しそうになっている心臓を抑えようと、鷲掴みにする。


「な、何が起こってるんだ?」

「悪いけど、ゆっくりと考えている時間はない」


 そう言うと、シドは俺の肩と足の裏へと手を回して一気に持ち上げる。


「なっ!?」


 俗に言うお姫様だっこをされるという事態に、俺が目を白黒させていると、


「文句なら後で聞いてやるからおとなしくしてろよ」


 シドは白い歯を見せてニヤリと笑うと、窓枠を蹴って夜空へと飛び出した。




「おい、いたか!?」

「いや、こちらでは見なかった」

「命令では発見次第、殺せとのことだ。捕獲する必要はないぞ」

「わかってる。汚い獣共に正義の鉄槌を」

「「「「鉄槌を」」」」


 闇夜に浮かぶ複数の影が、掛け声と共に二人一組となって分かれて行動を開始する。

 カンテラの光を受けて鈍く光る抜身の刃を手に、男たちは闇の中に蠢く影がいないかを確認しながら歩く。

 人が入り込めそうな路地裏は当然、建物の僅かな隙間や、果ては外に出されているゴミ入れの箱の一つ一つを開けながら念入りに何かを探していく。


 眼光鋭く、虫の一匹も逃すまいと血眼になって何かを探す男たちは、皆一様に同じ様相をしていた。

 黒いマントに、青と白を基調とした僧侶が着る法衣のような制服。それは、グランドの街の治安を守る自警団の制服だった。


 男たちは今、クラベリナに代わって臨時の団長を務める者からの命令で動いていた。

 それは街に入り込んだ汚れた存在、人間ではない亜人……獣人とそれに与する冒険者共の排除だった。

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