第155話 抑圧された想い
い、息が……
脳から急激に酸素が失われ、急激に視界が暗転していく中、俺は自分の首を絞めている者の正体を見る。
「…………フゥ、フゥ」
すると、俺の視界に鬼の形相で俺の首を絞めているシドの顔が見えた。
どうしてシドが……そう思いながらも、俺は彼女の拘束から逃れようと手に力を込めようとするが……、
…………どうして?
目は充血し、犬歯を剥き出しにしながら荒い呼吸を繰り返すシドの目に光る物が見え、俺は全身から力を抜く。
何故だかわからないが、泣いているシドを見ていたら俺の目からも涙が溢れてきた。
「――っ!?」
いきなり抵抗を止めて泣き出す俺を見て、シドの顔に困惑の色が灯り、俺の首を絞める手が緩む。
「な、何で……抵抗しない。それに、どうしてあんたが泣いてんだよ」
「――ッ、ガハッ、わ、わからない。だけど……」
俺は流れる涙を拭うのも忘れ、思ったことを口にする。
「シドみたいな綺麗な子には、涙は似合わないと思ってさ」
「んなっ!?」
綺麗という一言に、シドはくわっ、と目を見開いて俺の上から飛び退く。
そのまま背後の壁に背中をぶつけるまで後退したシドの顔が、みるみるうちに赤く染まっていく。
「な、なな、ななな何を言っているんだ。お前は……」
「えっ? 俺、そんなに変なこと言ってるかな?」
「そ、そそ、そうに決まっているだろ。こ、こんなガサツなあたしが綺麗だなんて……」
「そんなことないと思うけど……」
「違うの! あ、あたしは綺麗なんかじゃない。それはきっと、こんな格好をしているからそう錯覚しているだけだ」
「でも、錯覚だとしても……シドはとても綺麗だと思うよ」
「んなななっ!? 〇△□X☆……」
再び俺の綺麗という発言に、シドは謎の言語を発しながらさらに後ろに下がろうとする。
だが、すでに壁に背中を付けているシドは、自分がそれ以上後ろに下がれないと知って慌てふためいたように辺りを見渡す。
それを見て俺は、シドは綺麗というより可愛いという言葉が似合うな、と思ったが、言うとさらに混乱しそうなので、止めておくことにする。
だが、そんな可愛いシドに確認しておかなければならないことがある。
「……どうして、俺を殺そうとしたんだ?」
駄目なことは駄目だとしっかりと教えてくれるシドならば、問いかければキチンと答えてくれる……はずだ。
「俺、君に殺されなきゃいけないことでもしたのか?」
「ど、どうしてってそりゃ…………」
シドは視線をあちこちに彷徨わせ、少し躊躇うような仕草をみせるが、観念したように小さく嘆息する。
「それは多分、あんたが人間だからだ」
「多分?」
「ああ……これは確証のない話だけど、あたしたち獣人はこの街では差別されているんだ。ここまではわかるな?」
その言葉に、俺は静かに頷く。
「だから多かれ少なかれ、あたしたちは心の奥底で人間を憎んでいるんだ」
「……今でも?」
「当然だ。昨日、今日、蔑まれるようになったわけじゃない。十年以上、あたしたちは不遇な扱いを受け続けているんだ」
話していて興奮してきたのか、シドはずかずかと近付いてきて、顔を近づけて捲し立てる。
「何も知らないお前に、あたしたちの気持ちがわかるか!?」
「わ、わかった。わかったから少し落ち着いて」
シドが前屈みになっているため、豊かな胸が今にもドレスから零れ落ちそうになっていた。
もし、シドの胸がドレスから零れ落ちるようなことがあれば、俺自身も冷静でいられる保証はない。
俺は興奮するシドをどうにか押し止めながら、話の続きを促す。
「そ、それで、その気持ちと俺を襲ったことの関係性は?」
「……実はだな。従属の首輪から解放された時、あたしに力が戻って来ると同時に、それまで抑圧されていた感情までが一気に爆発したような気がしたんだ……」
「だから、すぐ目の前にいた俺に襲いかかった?」
「うん、でも、あんたの馬鹿な発言で正気に戻れたよ……後、ゴメン」
シドは項垂れるように頭を下げて謝罪する。
「こんなあたしにできることなら何でも言ってくれ……でも、エッチなのはダメだからな」
「そ、そんな、シドの気持ちだけで十分だよ」
どうやらシドが嘘を吐いている様子もなさそうだし、彼女がこれまでどれだけ苦労をしてきたかは察するまでもない。
それに、こうして頭を下げてまで謝ってくれたのだ。俺としてはこれ以上、望むことは何も……、
「いや……」
これはひょっとしてチャンスではないだろうか。
弱みに付け込むようで悪いが、俺も死にかけたのだ。
「じゃあさ、シド。お願いがあるんだけど……」
エロいことじゃないから。そう前置きして、俺はシドに願い事を話した。
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