第152話 縛られの彼女
……口から心臓が飛び出るかと思った。
いきなり聞こえた大音量の絶叫に、俺の胸はまだドキドキと激しく脈打っている。
「…………流石に次はないよな」
そう思って再び歩き出そうとすると、
「イクイクイク、いっちゃううううううううううううぅぅぅぅ!」
「…………声、デカすぎだろう」
再び聞こえた嬌声に、俺は頭痛を堪えるようにこめかみを押さえる。
声の主が誰だかわからないが、たまにいる異様に声の大きい風俗嬢がいるようだ。
扉の中で何をしているのかは想像するまでもないが、俺としてはこういう女性は苦手だ。
俺がこめかみに手を当てながら頭痛に耐えていると、誰かが扉の寄りかかったのか、ギシッ、と木が軋む音がして中から声が聞こえる。
「はあああああん……もう、イカされちゃった……凄いよかったよ。ユージ君」
「ヘヘッ、そうかい? でも、お楽しみはまだまだこれからだよ……」
「フフッ、流石私のダーリン。じゃあ次は……」
まだ会話は続いていたが、俺は足早に扉の前から立ち去る。
……俺は何も聞かなかった。
知り合いが一つ扉を挟んだ向こうでいたしている場面なんて、一秒たりとも居たいとは思わない。
これ以上は何も音を聞かないように、俺は両耳を塞ぎながら宛がわれた部屋へと急いだ。
鍵を使って宛がわれた部屋に入ると、そこは四畳半程度の狭い部屋だった。
部屋の中は簡素なベッドが一つと、小さなランタンが一つある以外には何もなく、まさに男女の営みを行うためだけに用意されたような部屋だ。
壁には窓がついていたようだが、ここも他の窓と同じように木材で塞がれており、外がどうなっているかはわからない。
まあ、おそらくこれも、窓を壊して逃げる輩がいるかもしれないという処置なのだろうが、どちらにしてもネームタグを抑えられている以上は逃げることもできない。
「……ふぅ」
とりあえず女の子が来るまでおとなしく待つしかないのだが、この時間がなんとももどかしい。
まるで、おあずけを喰らっている飼い犬のような気分だ。いや、実際におあずけを喰らっているのだから、気持ちとしては飼い犬と同じなのか。
だが、生憎と俺には獣人のように、感情を露わにするような尻尾もなければ、絶賛無職で振るべき相手もいないのだが……、
そんなくだらないことを考えていると、何やら廊下の方が騒がしくなる。
「…………何だ?」
俺は腰を上げて聞き耳を立てるために扉へと近付くと、
「どぅわっ!?」
扉に張り付くより早く、急に扉が開いて俺は慌てて飛び退く。
あっぶな……今、扉の先が鼻を掠めていったぞ。
俺はチリチリと痺れる鼻先を撫でながら、開いた扉を呆然と見上げる。
「…………あっ」
そこには怒り顔でこちらを見ている女の子がいた。
この店の女の子で愛敬を振りまくことなく、客に対してこんな無愛想な表情を浮かべる子は一人しかいない。
あの、犬の耳をした赤いイブニングドレスの女の子だった。
「…………」
女の子は扉の前で仁王立ちしたまま、一言も発さずに俺のことを睨み続ける。
いや、正確には一言も発さないのではなく発せないのだ。
どういうわけか、女の子の口には猿ぐつわが噛まされ、さらによく見れば、両腕だけでなく両足も革のベルトのようなもので拘束され、首には首輪まで嵌められていた。
一体、これはどういうことなのだろうか。
先程までの艶やかな姿から一転して、いきなり虜囚のような格好になっている女の子に、俺が目を白黒させていると、
「お待たせしました。ご使命の
後ろからやや疲れた様子のフードの人物が現れる。
「申し訳ありません。実はシドちゃん。本日が初めてでして、少し混乱しているようなんです」
「はぁ……」
「それで、お客様に何かあってはと、こちらで少し処理をさせていただきました」
「だから猿ぐつわと四肢の拘束を?」
「はい、それと彼女が嵌めている首輪は、装着者の怪力を弱める効果がありますので、こちらの方はことが終わるまでくれぐれも外さないようにして下さい」
フードの人物は女の子、シドちゃんを部屋の中に押し倒すと「それでは、何かあったらお呼びください」と言い残して去って行った。
フードの人物が立ち去ると、必然的に部屋の中には俺とシドちゃんだけになる。
「…………えっと」
「――っ!?」
沈黙に耐え切れずに俺が声を発すると、シドちゃんはビクッ、と反応して俺の方を見る。
その目は怯えたように忙しなく動いていたが、怒りの色だけはハッキリと見て取れる。
「んんーっ! んん、んんーーっ!!」
猿ぐつわを噛まされているので何を言っているのかわからないが、この状況は決してよくないだろう。
「……ちょっと待って。今、喋れるようにするから」
俺はそう言いながらシドちゃんへと手を伸ばすが、
「――っ!?」
体を触られると思っているのか、シドちゃんは必死に身を捩りながら俺から距離を取る。
すると、ただでさえ露出度の高いイブニングドレスを着ているのに、足をバタバタと動かすものだから、足がかなり際どいところまで露出してしまっている。
俺は色々と見えてしまっている部分を注視しないように手で覆い隠しながら、そのことを彼女に指摘してやる。
「あ、あの……足、足……出ているから……その、パンツ見えてる」
「――っ!!?」
その指摘にシドちゃんは慌てて足を閉じると、俺を恨みがましく睨んでくる。
それは俺の所為じゃないだろう。そう言いたい気持ちをグッ、と我慢して、俺はゆっくりと彼女に再度、話しかける。
「とりあえずこのままじゃコミュニケーションもままならないから、猿ぐつわを外したいんだけどいいかな?」
「…………」
「絶対に余計なところは触らないと誓うから、ね?」
「……………………」
ゆっくりと、何度も触らない旨を伝えると、
「………………………………ん」
シドちゃんはようやく警戒を解いてくれる。そのままぱっくりと大きく開いた背中を俺に向けると、顎をしゃくって猿ぐつわを外すように指示を出してくる。
「それじゃあ、失礼して……」
彼女の白いうなじを見て、思わずゴクリ、と喉を鳴らして唾を飲み込んでしまったが、余計な場所は触らないと誓った以上、余計なことはできないので、慎重に首の後ろで結ばれた布の結び目だけを解いていく。
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