第153話 邂逅

 思ったよりキツく結ばれた結び目に悪戦苦闘しながら猿ぐつわを外してやると、


「……ぷはぁ! ……はぁ、ゲホッ! ゲホッ!」


 シドちゃんは大きく息を吐いた後、苦しそうにむせながら犬歯を剝き出しにして俺を睨む。


「……おい、口だけじゃなくて、あたしの手足も自由にしろよ」

「ええ、でも……外したら俺に襲いかからない?」

「…………………………………………襲いかからない」

「……その間は一体なんなのさ」

「う、うるさいな! そんなことより早く外せよ!」

「…………」


 そう言われても、これだけ敵意を剥き出しにされている状況で彼女の手枷足枷を外してしまったら、俺の身に危険が降り注ぐ未来しか見えない。


「……とりあえず、保留で」

「んなっ!?」


 俺の返答に、シドちゃんは驚愕に目を見開いた後「チッ」と盛大に舌打ちをする。

 ……態度悪いな。女の子が露骨に舌打ちなんてするもんじゃありません。

 そんな俺の評価もなんのその、シドちゃんはまだ言い足りないのか、涙目になりながら捲し立てる。


「どうせ猿ぐつわを外したのだって、動けないあたしの悲鳴が聞きたいって魂胆だろ? 上等じゃないか、あたしはどれだけ汚されたって、声一つ上げてやるもんか。大体男って奴は年がら年中発情している悪魔で……」

「い、いや、ちょっと待った……」


 このまま放っておくと、いつまでも男がいかに悪であるかを熱弁し続けそうなので、俺はシドちゃんに真意を告げておく。


「一つ言っておくけど、俺は君に手を出すつもりはないよ」

「……えっ?」

「何もしないって言ったんだ。生憎と、そんな気分じゃないんでね」


 そう言うと、俺はシドちゃんから最大限距離を取って「よっこらせ」と腰を下ろす。

 さっきフードの人物にこの店は何をしてもいいのかと確認したのは、実を言うとプレイをしないで何もしないのはアリなのかを聞いたのだった。


 俺の問いに、フードの人物は何をしてもいい。とハッキリいったのだから、何もしないという俺の要望も当然ながら通るはずだ。

 一応、プレイ時間は一時間からとなっているそうなので、後は一時間、このまま時が過ぎ去るのを待てばいい。


「というわけだから、おとなしくしてくれれば、後は好きにしていいよ」


 そう言うと、俺はゆっくりと目を閉じる。

 本当は指名した女の子に話し相手になってもらおうと思っていたが、シドちゃんはまともにコミュニケーションを取ってくれそうにないので、俺は部屋の隅で眠って待とうと思った。



 そのままお互いなにもしないまま数分、こぢんまりとした部屋を沈黙だけがただただ支配していた。

 時々、近くの部屋から女性のあられもない声が聞こえてくることだけが難点だが、このまま終了までのんびりするのも悪くないかな。そう思い始めた時、


「…………なあ、あんた」


 沈黙に耐え切れなくなったのか、シドちゃんが話しかけてきた。


「まさか本当に、このまま何もしないでいるつもりか?」

「そうだけど。何か問題ある?」

「い、いや……そういうわけじゃない…………けど」


 俺が即答すると、シドちゃんは身を捩りながらぼそぼそと小さな声で話す。


「初めて見た時も変な奴だと思ったけど……あんたって、やっぱり変な奴だな」

「……えっ?」


 思わぬ一言に、俺は思わず身を起こしながらシドちゃんに尋ねる。


「俺たちって……何処かで会ったことある?」


 記憶力に自信がある方ではない俺だが、彼女のような獣人となると絶対に忘れない自信がある。


「誤解しないでもらいたいんだけど、俺の脳内に君みたいな美人と出会った記憶が一切ないんだけど……」

「び、美人だって!? あ、あたしが? そ、そそ、そんなわけないだろ!」

「いやいや、シドちゃんってばかなり美人さんだと俺は思うよ」

「シドちゃんって言うな! は、恥ずかしいだろ!」

「ええっ!? じゃあ、何て呼べばいいのさ」

「……シドでいい」

「わ、わかった」


 どうやらちゃん付けされるのは苦手なのか、シドちゃ……シドは口をもごもごさせながら話す。


「それと、あんたと会ったのは二度目だ。前は……食品マーケットで会ったと言えばわかるか?」

「それって……もしかして俺が野菜を買ってあげた?」

「そう、それ」

「ああっ!? あの時の……」


 それはつい先程、獣人の女の子たちを見た時に思い返していただけにすんなりと腑に落ちる。


 いつか会えるかな。なんて思っていたのに、たった十数分で願いが叶うとは思わなかった。


「でも、まさか……あの時の女の子がシドちゃ……シドだとは思わなかったよ」

「あたしも、あの時のお人好しがまさかこんな店に来る最低野郎だとは思わなかったよ」

「……いや、そうは言ってもシド。この店で働いてんじゃん」

「はへっ!?」


 間抜けな顔をするシドに、俺は真実を告げてやる。

 客と違って、従業員は働くまでにある程度は業務内容を聞いているはずだから、ここがどんな店かしらないはずがない。


「俺は親友に無理矢理連れられて来たけど。シドは自分の意志でこの店に来たんじゃないのか?」

「そ、そんなわけないだろ! あたしだって知り合いに頼まれて仕方なく来たんだよ!」

「……本当?」

「本当だよ!!」


 シドによると、割のいい仕事があるからやってみないかと誘われ、報酬額だけ聞いて業務内容を全く聞かずにここまで来てしまったのだという。


「あたしもこんな仕事内容だったら絶対に来なかったよ。ただ、座っているだけ、寝ているだけでお金になるからって言われて……」

「そんな美味しい仕事、あるわけないじゃん」

「今思えば甘い考えだったって思ってるよ。それに、こんな首輪までされて逃げ出せなくて……だから、せめて選ばれないように、しかめっ面していれば大丈夫だと思ったのに……」

「ああ、それで……」


 一人だけあんな険しい顔を座っていたわけか。


 ちなみにだが、世の中にはそういう強気な女の子に虐げられたいと思っていたり、そんな子を服従させることに愉悦を覚えたりする輩が少なからずいるということは、選ばれないように健気に頑張っていたシドのためにも言わないでおこう。

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