第142話 青天の霹靂

 昼食を食べ終えた俺はいつもの仕事に戻っていた。


 ただし、今日はいつもと違って一人寂しく採取場所を黙々と回る必要はない。

 その理由は簡単だ。俺の仕事をミーファとロキが手伝ってくれると申し出てくれたのだ。

 今はロキの案内で、マーシェン先生に教えてもらった休憩場所からさらに北に進んだ場所にある生い茂った藪の中にいた。


 自分の背丈より高い草木を掻き分けながら進んだ先にある薬草の群生地は、ロキの案内がなければ絶対に辿り着けないと思った。

 ただ、自然のままに草木が生えているこの場所では、しっかりと草の種類を見極めないといけないので、俺は目を皿のようにしながら大量の植物とにらめっこしていた。


「おにーちゃん」


 腰を落として薬草を探していると、ミーファが俺の服の裾を引っ張りながら手にした草を差し出してくる。


「おくすり、これでいいの?」

「どれどれ……うん、あってるよ。それじゃあ、それをこの中に入れてくれるかな」

「うん、わかった」


 俺が籠を差し出すと、ミーファは小さな手でしっかりと籠の奥へと自分が採取した薬草を入れてくれる。


「えへへ……できた」

「うん、偉いぞ」


 俺は双眸を細めながら、ミーファの柔らかい髪をわしゃわしゃと撫でる。

 ああ、もう本当に可愛いな。

 俺に頭を撫でられてうっとりとした表情になっている顔も可愛ければ、感情に連動して激しく揺れる尻尾もまた可愛い。


「わふっ!」


 すると、そこへ薬草を口に咥えたロキが割り込んできて、籠の中に大量に薬草を入れ、俺に向かって顔をグリグリと押し付けてくる。

 頑張ったのだから撫でろ。と激しくせがんでくるロキに、俺は苦笑しながら応えてやる。


「ハハッ、わかったよ。ロキ、偉いぞ」

「わふっ」


 ロキの頭を撫でながら籠に入れられた薬草を見てみると、どれも傷一つない綺麗な状態で保たれていた。

 ロキの口周りに土がついていることから、どうやら積んだ葉に傷がつかないように、根元の一部分だけを咥えて来たようだ。

 なるほど。前に俺の仕事を肩代わりしてくれた時も、こうやって薬草を摘んでくれたのだろう。

 大きな体に似合わず、しっかりとした気遣いのできるロキの功績を称えるため、俺は顎の下に手を当ててわしゃわしゃと一生懸命に撫でてやる。


「む~、おにーちゃん。ミーファも」


 ロキばかり撫でられていることに、ミーファが不満を露わにして背中から俺の首にしがみついてくる。


「ロキばっかじゃや~だ。ミーファも、ミーファも!」

「わかった。わかったから首、首絞めないで……」

「うん!」


 ミーファは元気よく返事をしてスルスルと背中から降りると、ロキを押し退けるようにして俺の正面に回ってくる。

 まるで俺を取り合うようにひしめき合う一人と一匹を見て、俺は自分がだらしない顔になっていることに気付くが、止めようとしても止められなかった。

 何故なら、俺の人生において、これほどまでに他人から求められることなど、全くといってもいいほどなかったからだ。


「おにーちゃん、もっと! もっと撫でて」

「わふっ、わふわふっ!」


 たとえそれが幼女と獣とはいえども、こんなに激しく求められたら、嬉しくて頬が緩んでしまうのも仕方がないのだ。

 よし、こうなったら二人まとめてもふもふしてやろう。そんなことを思いながら手を伸ばそうとすると、


「――っ!?」


 何かに気付いたのか、ロキが音もなく俺との距離を開けると、顔を上げて「わふっ」と小さく吠える。

 警戒しろ。という意味を含んだその声に、俺は一瞬にして気を引き締めると、ミーファへと手を伸ばす。


「ミーファ、こっちへ」

「……うん」


 俺たちの様子から何かただならぬ気配を察したミーファは、身を固くしながら俺へと手を伸ばす。

 俺はミーファを抱きかかえながら尚も上空を警戒しているロキに尋ねる。


「ロキ……どうだ?」

「……わふっ」


 俺の問いに、ロキは顎で藪の中に身を隠すように指示しながら上を見るように言ってくる。

 その言葉に従い、俺は身を隠しながら上空へと注意を向ける。

 次の瞬間、黒くて大きな影が俺たちの真上を通り過ぎる。


「な、何だ……」


 鳥にしてはかなり大きな影に、俺は一体何が通り過ぎたのかと思っていると、立て続けに第二、第三の影が通り過ぎる。


 しかも、


「う、うわあああああああああああああああああああああ!!」

「誰か……誰か助けてえええええええええええぇぇ!!」


 通り過ぎた影から人の叫び声が聞こえた。

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