第131話 ???②

 夢を見ていた。


 いつだったか見た夢。


 上も下も、右も左もわからない。自分が立っているのか、宙に浮いているかも定かではない。確か前は、水中を当てもなく漂っているような感覚だと思った。


 そう、これはこの世界に始めて来た時に見た夢の世界だ。


 どうしてかわららないが、あの後目覚めた時は、この世界のことをすっかり忘れてしまっていた。

 それはきっと、ここが夢の世界だからだろう。


 こんなに自我がはっきりしている夢というのも変な気がするが、明晰夢という夢を見ていると自覚できる夢もあるぐらいだから、これもきっとそういうやつなのだろう。


 それにしても……どうして俺はまたこの世界に来たのだろうか。


 ここは日本からこのイクスパニアへと渡る最中にある、所謂トンネルみたいなものかと思っていたがどうやら違ったようだ。

 となると、この後の展開も予想できる。

 俺は全身の力を抜いて首を巡らせて、白一色の世界に変化が訪れるのを待つ。


 すると、俺の右上部に赤いシミみたいな点が生まれる。

 赤いシミは徐々に広がり一枚の花弁へと変わり、それが幾重にも重なって赤い花の蕾へとなる。

 蕾が徐々に大きくなり、花弁が一枚、一枚と花が咲くようにめくれていくと、中から一糸纏わぬ裸の少女が現れる。


 今度は何が出てくるのかわかっているので、俺は努めて冷静に少女に向かって話しかける。


「やあ、また会ったね」

「…………」


 俺からの問いかけに、少女はニコリと笑って何かを喋る。


「……やっぱり何を言っているかはわからないな」


 声は聞こえないが、向こうもそれは承知しているのだろう。

 ゆっくりと、わかりやすいように大きく口を開閉させて、俺に分かるように話してくれる。


『こ・ん・に・ち・わ』

「ああ、うん。こんにちは」


 俺が返事を返すと、少女はニッコリと微笑んでくれる。

 俺の言葉も女の子には届いていないはずだが、こちらの謂わんとするところはしっかりと伝わっているようだった。


「あ……えっと…………」


 しかし、互いに挨拶を交わしたのはいいが、これ以上何を話しをしたらいいのだろうか。


「ん?」


 だが、そこで俺はあることに気付く。

 それはニコニコと笑顔を浮かべている少女の栗色の髪の頭頂部、その左右に三角形の特徴的な獣の耳がついていたのだ。

 所謂、直立耳と呼ばれるピンと先端が尖った三角形の耳は、正にミーファの頭についていた耳と全く同じ形をしていた。

 それだけなく、よく見れば少女の顔は、髪色や目鼻立ちがミーファと非常に似ているような気がした。


 それはつまり、


「もしかして、あなたはミーファが言っていたお姉ちゃん?」


 直接聞いたわけではないが、ミーファの年齢は十もいっていないと思われる。

 一方の目の前の少女は、少なくともそれよりも年上に見えるから、ミーファが言っていたお姉ちゃんのことではないかと思われた。

 だが、問われたことが理解できなかったのか、少女は不思議そうに小首を傾げる。


「えっと……その、ミーファはわかりますよね? あなたと同じ耳をした女の子のミーファです」

「…………」


 何度か「ミーファ」という単語を繰り返すと、少女は大きく目を見開いて何度も頷く。


 よかった。どうやら通じたようだ。


 ミーファの名前を出した途端、女の子は感情を爆発させたように笑顔を弾けさせる。

 それどこか、


「……えっ?」


 どういうわけか、目に涙を浮かべて泣き始めてしまう。


「ちょ、ちょっと、いきなりどうしたの?」


 いきなり泣き出す女の子を見て、俺はどうしたらいいかわからず狼狽する。

 しかし、慰めようにもこの白一色の世界では俺の体の自由は効かず、女の子の近くまで行くこともできない。


「ねえ、大丈夫かい?」


 俺にできることとすれば、ここから声の限り彼女を励ますことだろう。

 そう思って声を出そうとした瞬間、俺の体が少女から引き剥がされるようにどんどん距離が離れていく。


「クソッ……」


 大きく息を吸い込むと、声の限り叫ぶ。


「心配しなくても、ミーファは元気だよ!」


 急速に遠ざかっていく中で、果たして少女に声が届いているのかわからないが、それでも俺は彼女の涙が止まってくれればと思い、尚も叫ぶ。


「君が会えなくても、俺があの子を守るから……だから、安心して欲しい!」

「…………」


 すると、俺の声が届いたのか、少女は顔を上げると、涙を拭って俺に向かって叫ぶ。


「――――」


 相変わらず声は聞こえないが、俺に届くように繰り返し叫び続けるので、俺は少女の唇の動きに注視する。


「……に…………き…………を……つけ…………て? 」


 に気を付けて。何かに気を付けろということだろうか。

 だが、何に気を付けろというのだろうか?


「ゴメン、前半部分が聞こえなかったから、もう一度お願い!」


 その叫びに、少女は唇をゆっくり動かしながら聞こえなかった部分を話す。


「――――」

「う…………き?」


 声が聞こえないので合っているのかわからないが、唇の動きはそう言っている。

 うき…………雨期、この世界にも日本の梅雨のように雨が多く振る時期があるのだろうか?


「雨期に気を付ければいいのかい?」


 理解してもらえるようにゆっくりと話しかけると、少女は大きく何度も頷く。

 おそらく雨期に入る頃に何か大きな事件が起きるのかもしれない。

 ここでの内容を覚えておけるかどうか自信はないが、俺は脳にしっかりと刻むことにする。


「ありがとう。何処までできるかわからないけど、精一杯生き延びてみせるよ」

「――――」


 俺の言葉に少女は何かを呟くが、もう彼女とかなりの距離が離れてしまっていて、読唇術では言葉を解読できなかった。


 せめて、声を聞くことができれば……。


 そう思うのだが、


「あ…………くぅ…………」


 突如として抗い難い強烈な眠気が襲ってきて、俺の意識はあっさりと闇の中へと沈んでいってしまった。

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