第128話 怖い人

 一体何事かと思って首を巡らせると、ロキのお腹の下に隠れているミーファがこちらを見ていた。


「…………」


 ミーファは小さな手を唇に当てて、自分がここにいるのは黙っているように懇願してくる。


「……ミーファ、あの人は俺の仲間だから大丈夫だよ」

「…………」


 そう呼びかけるが、ミーファは首を横にふるふると振るだけで、頑なに出てこようとはしない。

 う~ん、できれば雄二にミーファのことを紹介してあげたいんだけどな……。

 そんなことを思っていると、ロキが小さく「バウッ」と吠えて俺に注意を促してくる。


「えっ? ミーファのことは雄二にも黙っていろって?」


 確認するように問いかけると、ロキは尻尾をパタリと振って頷く。


「…………わかったよ」


 命の恩人にそう言われては、俺も従うしかない。

 俺はミーファが雄二から見えなくなるように座る位置を変えると、改めて彼に向き直る。


「それで……クエストの方はどうなったんだ?」

「まあ、ボチボチだな……そんなことよりさっき誰かと会話してなかったか?」

「えっ? あ、ああ……ロキとちょっとな。なっ、ロキ?」


 俺が問いかけると、ロキが「ワン」と吠えて応える。


「な?」

「な~んか、引っかかるけど…………まあ、いいや」


 細かいことを気にしない雄二らしく、俺の言うことをあっさりと信じてくれる。


「まあ、ここで会えたのも何かの縁だ。よかったら、俺の仲間たちと少し顔合わせしないか?」

「あっ、えっと…………」


 その誘いに、俺はどうしたものかと視線を彷徨わせる。


「…………おにーちゃん?」


 すると、すぐ背後に隠れているミーファが俺の裾を引っ張る。

 その行為の意味するところを俺は言われなくても理解する。


 それは「行かないで」だ。


 もし、俺がここで雄二についていってしまったら、ミーファは一人になってしまうし、雄二に姿を見られて、あれこれと質問攻めに遭うかもしれない。

 それは避けるべき事態だということは承知しているので、


「ああ、そのな……せっかく誘ってもらって悪いんだけど……」


 俺は必死に頭を巡らせて断る理由を探る。


「あっ、そうそう……実はマーシェン先生から依頼を受けてな。そっちに行かないといけないから、また今度誘ってくれよな」

「そうか……でも、武器も持っていないのに一人で行くなんて危なくないか? よかったら、俺がついていこうか?」

「えっ?」


 こいつ……普段は他人を気遣うとか、気持ちを慮るとかそういうことに対して無頓着なくせに、どうして放っておいて欲しい時に限って、普段は眠っていて全く機能しない感情が働くのだろうか。


「えっ……とだな……」


 だが、ここで下手に断ると、いくら鈍感な雄二でも、何か変だなと余計な詮索をされてしまうかもしれない。

 すると、困った俺を助けるようにロキが「ワン」と一鳴きする。


「――っ、そうか!?」


 その「私がいる」という意味を含んだ鳴き声を聞いた俺は、寄せてきたロキの頭を撫でながら雄二に向かって話す。


「心配しなくても、危ないところに行くわけじゃないし、ロキが付いてきてくれるから大丈夫だよ。それに、雄二も仲間を待たせているんだろ? あんまり遅いと文句言われるんじゃないか?」

「あっ、やべ……そうだった。それじゃあ、浩一。気をつけてな」

「あ、ああ……雄二も気をつけてな」


 仲間たちの事を完全に失念していたのか、雄二はかなり慌てた様子で走り去っていった。



「……ふぅ」


 雄二がいなくなったのを確認した俺は、大きく嘆息して肩の力を抜く。


 すると、


「うわあああああああん、おにーちゃん!」


 ロキの大きな体に隠れていたミーファが飛び出して来て、俺の背中に抱き付いてくる。


「こ、怖かった。ミーファ、とっても怖かったよ」

「そっか、よく頑張ったな……」


 とりあえず俺はミーファを安心させるために振り向いて膝をつくと、彼女の小さな肩を抱き寄せる。


「もう、大丈夫だよ」

「うん……うん……」


 ミーファは小さく頷くと、体をぶつけるようにして俺の首に抱きついてくる。

 突然の行動に俺はどうしたものかと思うが、ミーファは本気で恐怖を覚えているのか、背中に回された小さな手が震えているのがわかった。

 どうしてここまで雄二に対して怯えているのかわからないが、果たしてそのことをミーファに尋ねていいものかも迷う。

 それがミーファにとってトラウマを刺激するようなことであってはならないからだ。

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