第127話 今日からお兄ちゃん

 女の子の無邪気な笑みを見て、その笑顔をもっと見てみたいと思った俺は、ジェリービーンズの紙袋を再び差し出す。


「よかったら、もっと食べるかい?」

「…………いいの?」

「いいよ。お兄さんはさっきまで沢山食べていたからね」


 そう言って俺は紙袋ごと女の子に手渡してやる。


「だから残りは、全部君にあげるよ」

「えっ、でも……」


 女の子は紙袋の中と俺を何度も交互に見比べると、


「だったら、ミーファと半分こしよ!」


 そう言って俺に紙袋を差し出してくる。


「ひとりじめはよくないって、おねーちゃんがいつも言ってるの」

「お姉ちゃん?」

「そっ、おねーちゃん、怒るととってもこわいの」


 指で両目を上へと吊り上げて、必死に怖い顔を作っては自分の姉がいかに怖いかを教えてくれる女の子が可愛くて、俺は堪らず「プッ……」と噴き出す。


「そうか、それじゃあ怖いお姉ちゃんに怒られないように、お兄さんと半分こにしようね」

「うん!」


 女の子は大きく頷くと、


「…………あれ?」


 そこで何か気になることがあるのか、女の子はコテン、と可愛らしく小首を傾げると、


「ところでおにーちゃん。だれ?」


 割と今更な質問をしてくる。

 そういえば、木の枝から降ってきたのを受け止めてからここまで、自己紹介をするタイミングが全くなかったのを思い出し、俺は苦笑しながら女の子に話す。


「俺はね。コーイチって名前なんだ」

「コーイチ……おにーちゃん?」

「そう、君はミーファちゃんでいいのかな?」

「うん、そだよ……」


 そこで女の子、ミーファちゃんは顎を引いて少し警戒を強めたように問う。


「でも、コーイチおにーちゃんはどうしてミーファのおなまえ知ってるの?」

「それはね。ミーファちゃんが自分でミーファって言ってたからだよ」

「あっ、そっか」


 自覚がなかったのかもしれないが、俺からの指摘でミーファちゃんは納得したように大きく頷く。


「じゃあ、コーイチおにーちゃん。ミーファのことはミーファって呼んでほしいな」

「わかった。それじゃあミーファも俺のことは好きに呼んでくれていいよ」

「えっとね。それじゃあ…………おにーちゃん。がいいな」


 そう言うと、ミーファは俺の腕を取って「エヘヘ」と嬉しそうにはにかむ。


「実はね、ミーファ。おねーちゃんばかりだから、おにーちゃんがほしかったんだ」

「そ、そうなんだ」


 その無邪気な微笑みに、俺は不覚にもドキリとしてしまう。

 ロリコンの気はないと思っていたが、今なら奴等の気持ちの十分の一ぐらいは理解できる気がした。


 この気持ちを一言で表すなら、正に俺に天使が舞い降りたというところだ。


 ……いかんな。美幼女にお兄ちゃんと呼んでもらい、かなり舞い上がってしまっているようだ。

 俺は照れを隠すように鼻の下をかきながら、ミーファに笑いかける。


「……わ、わかったよ。それじゃあ、俺がミーファのお兄ちゃんになってあげるよ」

「本当? わ~い、やった。やった!」


 俺の言葉に、ミーファは全身で喜びを示すように何度も飛び跳ねる。

 そうして、自分が登っていた木の根元まで走ってちょこんと腰を下ろすと、自分の横を忙しなく叩く。


「ほら、おにーちゃん。はやくこっち来て」

「ハハハ、今行くよ」


 実際、俺に妹がいたとしてもこんな風になることはないだろうが、それでもこんな妹がいたらお兄ちゃん、いつもより頑張っちゃうな……そう思わずにはいられなかった。




 ミーファの隣に座った俺は、二人で分け合うようにしてマーシェン先生からもらったジェリービーンズを食べる。

 こうしてみると、マーシェン先生からジェリービーンズを貰っておいて本当に良かったと思う。


 でも、よくよく考えてみれば、都合が良すぎやしないだろうか?


 まるでマーシェン先生は、今日ここにミーファが来ることを知っていて、それで俺を彼女に引き合わせるためにここを紹介したのではないだろうか。

 そう考えると、今日の不自然なやり取りも色々と納得がいく。

 俺は口の端をベタベタにしながらも、幸せそうな笑みを浮かべているミーファに尋ねる。


「ねえ、ミーファ。ちょっといいかい?」

「な~に?」

「マーシェン先生っていう人のこと何か知ってたりしないかい?」

「ううん、しらない。その人、ミーファのしってる人?」

「どうだろ? こんなもじゃもじゃの髭のおじいさんなんだけど……知らないかな?」


 俺は顎の下でマーシェン先生の髭を表現しながら尋ねる。


「ううん、ミーファ、そんな人しらないよ」


 だが、ミーファは長く下ろした髪をふるふると横に振りながら俺の言葉を否定する。


「ごめんね。ミーファ、おにーちゃん以外の人、知らないの」

「そうか……知らないならしょうがないな」


 俺は気にしていないよと、力なく肩を落とすミーファの頭を撫でる。

 だが、そうなるとマーシェン先生の、あの不自然なリアクションは何だったのだろう。

 まさかとは思うが、あれが素だったりするのだろうか?


「…………」


 色々と考えてみるが、これといった理由は思いつかない。

 すると、


「……あのね」


 ミーファが俺の服の裾を引っ張りながら話しかけてくる。


「実はね……」

「お~い、そこにいるのは浩一じゃないか?」


 すると、ミーファの声を遮るように聞きなれた声が聞こえる。

 声のした方を見ると、両手にいくつもの紙袋を抱えた雄二が俺の方にやって来るのが見えた。


「昼飯買いに街まで戻って来てたんだけど、お前はそこで昼飯か?」

「あ、ああ、ついさっきまで食べていたところだよ」


 そう言いながら俺は、隣に座っているミーファへと手を伸ばす。

 だが、


「……あれ?」


 そこにいるはずのミーファを捉えることなく、手が空を切る。

 何事かと思ってそちらを見やると、いるはずのミーファの姿が何処にもなかった。

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