第124話 青空ご飯

「…………ふぅ、こんなもんだろ」


 俺は籠の中に詰まった薬草を見ながら、流れてきた汗を拭う。

 場所は迷いの森の方向とは反対側にあたる街の北側、町の中を通る水路の入口近くにある茂みの中に、人目につかないようにひっそりと自生していた薬草の採取場所だ。


 ここはマーシェン先生にもらった地図に載っていた薬草の採取場所で、先生の言葉通りかなりの数と種類の薬草が群生していた。

 こんな街の近くにあるにも拘らず、全く人に手を付けられていないところを見ると、薬草採取という仕事がいかに不人気であるかが伺えた。

 しかし、そのお蔭でこうしてノーリスクでかなりの量を採取できたのだ。この場所を教えてくれたマーシェン先生には感謝しかなかった。


 それぞれの薬草を取り尽くしてしまわない程度に採取した俺は、次は何処へ回ろうかと地図を取り出し、採取場所以外にもう一つ書かれた印に目を落とす。


「休憩場所……ねえ」


 一体全体、どういう意図でマーシェン先生が俺にこの場所を教えてくれたのかはわからないが、生憎と件の休憩場所は少し歩いた場所にあるようだ。


「…………まあ、行ってみて損はないと思うしな」


 わざわざ念を押すように言ってきたのだ。きっとそこには、思いもよらないような何かがあるのだろう。


「よし! 腹も減ったし、今日はそこでお昼にしよう」


 俺はアラウンドサーチを使って周囲に何の反応がないのを確認すると、地図に記された場所に向かって歩きはじめた。




 俺はマーシェン先生に教えてもらった休憩場所に向かうため、採取場所の近くにある小川を上流に向かって歩いていた。

 川の上流となるこちら側は余り開発が進んでいないのか、整備された道こそなかったが、地図を見る限りは沢に沿って進めば良さそうなので、歩くのは苦にならなかった。

 入ればさぞ気持ちいいであろう透き通った清流を横目に、俺は上流に向かってどんどん進む。


 すると、程なくして……


「あれかな?」


 川のほとりに、森と呼ぶほど深くはないが木が密集している場所が見えてきた。

 地図を見てみると、大きな木の絵に印がついているから、ここが件の休憩場所で間違いないようだった。


「………………でっけぇ」


 遠くから見た時から大きな樹だな。そんなこと思っていたが、近くまで来ると、樹の大きさに圧倒される。

 迷いの森の聖域で見た巨木には及ばないが、それでも目の前にそびえ立つ樹の大きさはかなりのものだった。

 上に大きいだけでなく、横にも大きな樹の下に入ると、途端に心地よい涼やかな風が全身を包み、全身の汗がスッと引いていくのを自覚する。


「ハハッ、これはいいかもな」


 まるでエアコンの利いた部屋にいるかのような心地よさに、俺は大きく息を吐いて背中を名前も知らない気になる樹に預ける。


「ふぅ……やれやれ」


 別にそんなに疲れているわけではないが、こうやって腰を落ち着けると年寄りくさい言葉が出てしまうのは何故だろうか。

 そんなことを考えながら、俺は休憩がてら昼食を食べようと、すっかりお気に入りになっているホットドッグ、サブラージを取り出して食べる。


「うん、美味い!」


 ジューシーな腸詰めとソースの酸味が織り成すハーモニーに、頬が緩むのを止めることができない。

 あっという間に三つのサブラージを食べ終えた俺は、


「…………ふぅ」


 皮袋に入った水を飲んで一息吐く。


 この世界に来てから外で昼食をとるのが当たり前になったが、外で摂る食事というものはどうしてこんなにも美味しいのだろうか。

 少し前にキャンプを題材にしたアニメが大流行したこともあって、一部のオタクたちの間でもキャンプに行くのが流行ったという話を聞いたが、俺はどうしても乗り気にはなれなかった。


 だって考えてみて欲しい。キャンプに行くということは、わざわざ重い荷物を持って山や海にまで……近くでも火を熾すことが許されている公園や河原まで行くということだ。

 先ず、わざわざ自炊するために何時間もかけて遠出することが理解できないし、必要な道具を揃えるための費用もかなりかかる。

 それでいていざ本番となって肉を焼いても、素人に毛が生えた程度の付け焼き刃で上等なものが作れるとは思わないし、場合によっては埃をかぶった肉を食べる羽目になる。

 そんなネガティブな思考を上げればキリがないのだが、一言で言ってしまえばめんどくさいからだった。


 そんなキャンプ嫌いの俺だったが、実際にこうして青空の下で食事をしてみてどうだ。


 宿や食堂で食べる食事と比べて、五割ほど美味さが増しているのではないかと思われた。

 それがどういう理屈でそういう風に感じるのかはわからないが、ともかくキャンプというものを否定していた過去の俺に対して、どれだけ損をしてきたかということを滔々と説いてやりたかった。


 ともすれば、マーシェン先生からもらったジェリービーンズもきっと美味くなるに違いない。

 そう思った俺は、ジェリービーンズを取り出そうと、腰のポーチへと手を伸ばす。

 すると、目の端に何かが上から落ちてくるのが見え、


「――っ!?」


 俺は慌ててポーチから手を離して中腰になって警戒態勢を取った。

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