第123話 まさかの被り!?

「……よし、傷口も完全に塞がったな」


 俺の左手の様子を見ながら、マーシェン先生が満足そうに頷く。


「どうだ? 動かしてみて、何か違和感があったりしないか?」

「はい……」


 その言葉に、俺は左手を何度か開いたり閉じたりを繰り返し、異常がないことを確認する。


「大丈夫です。痛みもありません」

「うむ、なら今日で治療は終わりだな」

「そう……ですか」


 マーシェン先生から太鼓判を貰った俺は、頭を深々と下げて礼を言う。


「本当に、ありがとうございました。マーシェン先生のお蔭で、左手を失わずに済みました」

「儂がしたことなどたいしたことない。全ては初期処置をしたエイラの賜物じゃよ」

「それでも……エイラさんへのマーシェン先生の教えがあってのことです」


 バンディットウルフによって左手の平に穴を開けられ、さらには毒を流し込まれた場合、多くの場合は後遺症が残り、処置が遅いと切り落とさなければならないケースがままあるという。

 そんな危険な状況に陥っていていたのに、こうして後遺症も残らず完治できたのは、エイラさんとマーシェン先生のお蔭だった。


「フッ、お主は律儀な男じゃな」


 深々と頭を下げる俺を見て、マーシェン先生は双眸を細める。



 その後、俺のカルテに何やらサラサラと書いたマーシェン先生は「そういえば……」と前置きして、


「コーイチ。お主、外で薬草採取をしているそうだな」


 突然、思わぬことを聞いてくる。


「どうなんだ? 今日も行くのかと聞いている?」

「えっ? あっ、はい……この後、行く予定です」


 いきなりの質問に、俺は目を白黒させながらもどうにか頷く。


 雄二と泰三がそれぞれの組織に所属した後も、俺は一人で薬草採取クエストを受けて行っていた。

 戦えない俺でも、アラウンドサーチを駆使して警戒を厳にしておけば、安全に薬草採取ができるし、何よりこの仕事は人の……この街に住む人は、前線で戦う自警団や冒険者の役に立つ。

 それに、道中で落ちている誰かの落とし物や、倒された魔物の残骸を持ち帰れば、それも悪くない収入になるのもありがたかった。


 だが、どうして俺が薬草採取クエストを受けていることを、マーシェン先生が知っているのだろうか。

 それに、


「あ、あの……もしかして薬草採取するのって何か問題があったりするのでしょうか?」

「いや、そうではない。ただ、あのクエストを受けてくれる者がいると、儂の診療所も大変助かるからな……そこでじゃ」


 そう言ってマーシェン先生は、俺に地図と紙袋を渡してくる。


「そこに薬草を効率的に採取できる場所を記しておいた。適量を採取する分には構わないから行ってみるといい」

「あ、ありがとうございます」

「それともう一つ、とっておきの休憩場所も記入しておいた」

「きゅ、休憩場所……ですか?」

「そうだ。そこから見る景色は絶景だぞ。よかったら、そこでその袋の中身を食べるがいい」

「あっ、はい……ありがとうございます」


 何が何だかわからないが、くれるというならありがたく貰っておこう。

 俺は礼を言いながら、一体何をくれたのだろうと紙袋の中を見る。


「…………あっ」


 中を見た途端、思わず声が漏れる。


「どうした?」

「えっ? あっ、い、いえ……何でもないです」


 眉をひそめるマーシェン先生に、俺は必死に取り繕いながら「ありがとうございました」と礼を言って紙袋を慌ててしまいながら診察室から退出する。



「…………これは、マズッたかもな」


 診察室を出て歩きながら、俺は紙袋の中に視線を落とす。

 そこには甘い匂いがする小指程の大きさのカラフルなものが沢山入っていた。


 そう、それは俺が子供たちにお土産として買って来た菓子、ジェリービーンズだった。


「…………だからか」


 俺はお土産として持って来たジェリービーンズを子供たちにあげた時、喜んではくれたのだが、彼等が微妙な表情をしたのを思い出す。

 それは言うまでもなく、俺が持って来たジェリービーンズを近日中、もしくは今日にマーシェン先生から貰ったからだろう。

 いくら子供がお菓子好きだといっても、同じお菓子を連続で貰ったら素直に喜ぶことはできないだろう。


「今度来る時、埋め合わせに何か別のお菓子を持ってこよう」


 俺は空気を読んで喜んでくれた子供たちに心の中で謝意を伝えると、一人寂しく孤児院を後にしたのだった。

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