第111話 尻のために
確かに雄二の言う通り、キャシーの店の品揃えは素晴らしく、替えの服の一式をあっさりと揃えることができた。
さらに、タオルや室内履き、歯ブラシといった生活必需品の取り扱いまであり、生活する上で必要な物の殆どはこの店だけで事足りた。
こんな見事なまでに痒い所に手が届く店を紹介してくれたソロに、本当なら手放しで感謝したいところなのだが……
「……なんていうか、めちゃくちゃ汚された気分だよ」
俺は死んだ魚のような目で、まだ違和感の残る尻を擦る。
こんなことを言うとあらぬ誤解を受けそうだが、別に貞操の危機にあったとかそういうことはない。
ただ、キャシーから何か商品説明を受ける度に、怪しい手つきで尻を触られ、値段を安くする代わりに揉みしだかれたりしたので、尻にまだ奴のゴツイ手の感触が残っているような気がしたのだ。
「…………とりあえず、当分はあの店には行きたくない」
「わかります。あの人……苦手です」
キャシーの店にいる間、殆ど喋らなかった泰三が泣きそうな声を出す。
「僕……僕…………あの人に…………ううっ、もう、お婿に行けない」
「そ、そうか、災難だったな」
少女のように顔を覆ってかぶりを振る泰三を、俺は肩を抱き寄せて慰める。
「まあ、当面はあの店には用はないから、早いところ忘れることだな」
「…………はい」
どうやらあのオッサン、泰三が強く出られないタイプだと一瞬で見抜いて、それをいいことに好き勝手に触りまくったようだ。
そう言った意味では、俺はまだマシな方だったのかもしれない。
だが、再びあの店に行くことになったら次は何をされるかわかったものじゃない。
「もう二度とあの店に行かなくていいように……尻のためにも仕事を探さないとな」
「そうだな。実は浩一ならそう言うと思って、次に行く店も決めてあるんだ」
雄二は白い歯を見せてニヤリと笑うと、俺についてこい。と謂わんばかりに足早に目的地へと歩き出す。
どうやら俺と合流する前に二人はあちこち店を下見したようで、何を買うのかをおおよそ決めているようだった。
衣料品店を扱うマーケットを抜けて、周囲からカンカンという甲高い音が響く地区までやって来た俺たちは、雄二が見つけたという店に向かって歩いていた。
「ここは何の地区なんだ?」
「ここは鍛冶師たちが暮らしている地区です。鉄製品の制作だけじゃなく、販売も行っているんですって」
「ああ、だからさっきから賑やかな音が聞こえるのか」
どうやら先程から聞こえるカンカンという音は、鉄を打ち付ける音のようだ。
ということは、この地区に来た目的は鉄製品を買いに来たということだが……今の俺たちに必要な鉄製品となると買うものは限られてくる。
周りを見てみると、軒先に鍋やフライパンといった調理器具を並べた店や、包丁をはじめとする様々な種類の刃物を扱う店が多く見える。
大学時代から一人暮らしをしていた俺はそれなりに自炊できるので、ここで調理器具を一通り揃えておけば、少しは食事代を節約できるかもしれない。
俺はやたらとデカい寸胴鍋を見ながら、あれを使えば一週間分のカレーを作ることができるな。といった具合に、様々な調理器具を見ながら作れる料理を考えていると、
「ほら、ここだ」
目的地にたどり着いたのか、雄二から声がかかる。
声に反応して雄二の方を見ると、そこは俺が予想した通りの店だった。
店の入口を守るように全身甲冑が佇む店の軒先には、剣や槍、斧といった様々な種類の武具が整然と並べられている。
ここまで来たらこの店が何の店か改めて言う必要はないだろう。
「ほら、俺たち、迷いの森で手持ちの武器防具を全て捨ててきちゃっただろ?」
すると、雄二が照れたように鼻の下を擦りながら話す。
「明日から街の外で仕事をするにしても、やっぱり装備品がないと心許ないからな」
「ああ、そうだな……って、えっ?」
こいつ今、何かとんでもないことを言わなかったか?
明日から仕事……しかも魔物がいるかもしれない街の外でするとか正気だろうか?
これから強くなっていくという決意表明をしたのは事実だが、何の訓練もなしにいきなり外に出て実戦をしようと思うほど俺は無鉄砲にはなれない。
その辺は流石の雄二もわかっているとは思うのだが……やはり雄二なだけにとんでもない無茶を言い出しかねないのも事実だ。
もしかしたら聞き間違いかもしれないと思った俺は、確認のために雄二に尋ねてみる。
「おい、雄二。お前今、明日から街の外で仕事をするとか言わなかったか?」
「えっ? 言ったよ」
だが、俺の希望はあっさりと打ち砕かれる。
「まあ、待て。そんな顔をするなって……」
「そうですよ。これは僕と雄二君の二人で話し合って決めたことなんですから」
見るからに俺が呆れた表情をしたのが見えたのだろう。雄二だけでなく、泰三まで加わり、二人で話し合って決めたという仕事について話し始めた。
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