第112話 見せたくない弱味

 一日かけて生活に必要なものを買い揃えた翌日、俺たち三人は街の外に出るために宿の近くにある城門にまで来ていた。


「よし、確かに確認した。通っていいぞ」


 俺たち三人のネームタグを確認した衛兵は、手を掲げて敬礼のポーズを取る。


「くれぐれも無茶はしないようにな。それではご武運を」

「どうも……」

「あざーす」

「ありがとうございます」


 そうして衛兵に見送られ、俺たち三人は三日ぶりに街の外へと出た。




 昨日、雄二たちから受けたという仕事について聞いた俺は、二人の勢いに押されたというのもあったが、結局受けることにした。


 それは二人から耳にタコができるくらい聞かされた「この仕事は安全だから」というのもあったが、その仕事がとても有意義なものであったからだ。


「それで、今回はこれを取ってくればいいのか?」


 そう言って俺は、手の中にあるブーケガルニのように束ねられた植物たちを見る。

 今回、俺たちが受けたクエストは、この手の中にある四種類の植物をできるだけ多く集めることだった。

 これらの植物は主に薬草として使われるもので、毎日何かしらの理由で負傷者が出るグランドの街では、いつでも受けることができるクエストだった。

 これらの薬草は街の周辺に普通に生えており、索敵を怠らなければ比較的安全に行えるという。

 そんな難易度がかなり低いこの薬草採取クエストだが、グランドの街ではかなり不人気の部類に入るらしい。

 その最大の理由として、魔物に襲われるかもしれないリスクを背負う割には、報酬が完全歩合制でかなり安いのだ。

 しかも、最近では薬草自体もすぐ見つけられるものは殆ど取りつくされ、見つけるのも難しくなっているため、今では初心者の冒険者でも受けることは少ないという。


 ハッキリ言ってしまえばかなり実りの少ないクエストだが、それでも受けたのはこれが魔物の討伐を目的としたクエストではなく、それでいて人の役に立つクエストでもあるので、初めての仕事としては最適だろうという雄二たちの判断だった。


 そこまでしっかりと考えて決めたクエスト受注であるならば、俺としては否定する要因はなかった。

 そして何より、俺の怪我が完治するまでは、冒険者ギルドにも、自警団にも所属することは疎か、見学にも行かないという二人の判断は非常にありがたかった。


「さて……」


 俺はクエストを受ける際に受け取ったという地図を見る。


「とりあえず、この地図にある薬草が生えているという場所に行ってみるか」

「そうだな」

「異議なしです」


 俺の提案に二人の親友が同時に頷き、地図を頼りに移動を開始する。




 俺たちは地図に示された一番近くの薬草の自生している場所を目指して、城壁に沿って歩いていた。

 本日の天気は快晴で、透き通るような見事な青の下を歩くのは、非常に清々しい気持ちになる。

 気温も涼やかな風が吹き抜ける温暖な陽気で、クエストでなければ、このままピクニックにでも行きたい気持ちになる。

 歩きはじめてすぐアラウンドサーチを一度使って索敵を試みたが、街の外には俺たち以外の反応はなく、目に見える範囲にも怪しいものは見当たらなかった。


「このままいけば、最初の目的地までは接敵する心配はなさそうだな」


 周りの地形と地図を確認しながら、俺が胸をなでおろしながら話すと、


「まあ、でもせっかく新しい武器を手に入れたからには、一度は使う機会がくればいいけどな」


 雄二が手にした新しいハルバードと大盾を掲げながら白い歯を見せる。


「ここら辺りは雑魚しか出てこないみたいだから、早いところ童貞を捨ててしまいたいぜ」

「同じく、僕も少しだけ楽しみです」


 泰三の言葉に、雄二も新しい槍の柄を強く握りしめながら頷く。


「……可能なら、俺は戦いたくないな」


 新しい獲物を前にやる気を見せる二人に対して、俺は弱気な発言をする。


 そんな俺の持ち物には二人と違って新しい武器はなく、一人だけ武装していない。

 その理由は簡単で、昨日、俺だけは新しい武器を買わなかったのだ。

 左手の調子がまだ戻らず、マーシェン先生からも激しい運動や左手を酷使するようなことは避けるようにと厳命されているからという理由で買うのを拒んだのだが、実際は他の理由からだった。

 二人にはまだ打ち明けていないが、俺は今、ある欠陥を抱えていた。


 それは刃物の類を手にすると、体が震え出し、動悸が早くなって視界が定まらなくなることだった。


 どうしてそうなったかはわからない。ひょっとしたら、エイラさんたちを失ったショックが大きくてPTSD、つまりは心的外傷後ストレス障害になってしまっているかもしれなかった。

 だが、正確に医師にそういった診断を受けたわけではないので、本当に自分がPTSDになっているのかどうかはわからない。


 だが、冒険者として武器を持つことができない。


 こんな致命的な欠陥を抱えていると二人が知ったら、どんな反応をするだろうか。

 せっかくジェイドさんとクラベリナさんからスカウトを受けているのに、それを保留にしてまで俺の怪我の完治を待ってくれているのだ。


 失望されるだろうか。

 役立たずと罵られるだろうか。

 どんな罵詈雑言も甘んじて受け入れるつもりではあるが、一番怖いのは、俺たち三人の関係が壊れてしまうことだった。


 雄二はジェイドさんに憧れて冒険者ギルドに所属したいと言っているし、泰三はクラベリナさんに見初められたことが嬉しかったのか、自警団に所属したがっている。

 俺としてはどちらに所属しても構わないのだが、できれば三人一緒にどちらかに所属したいと思っていた。

 どちらに所属するにしても、先ずは俺の怪我を治し、問題なく武器を持てるようにならなければならない。


 最終的な結論を出す前に、必ずこの欠陥を克服してみせる。

 俺は想像するだけで震えそうになる体を抑えるため、地図を凝視しながら最初の目的地へと行くことだけに集中した。

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