第102話 貨幣の価値は?

「へい、安いよ。安いよ~。今日はリンゴがお買い得だよ!」


 青果店では、帽子をかぶった日焼けした店主が、威勢のいい掛け声をあげながら客の呼び込みをしていた。

 決して広くない店舗に所狭しと色とりどりの野菜と、瑞々しい果物が売っている様は、日本だけでなく、世界中どこでもお馴染みの光景で、それは異世界へと渡っても同じなんだなと思った。


「すみません」

「おっ、いらっしゃい……って、兄ちゃん見ない顔だな。つい最近この街に来たのか?」

「あっ、はい。つい二日前に来たばかりです」


 そう言いながら、俺は右手の平にネームタグを半分だけ実体化させて店主へと見せる。


「この通り、ちゃんと滞在の許可は取ってありますよ」

「おっ、半分だけ出すのをきちんと教わっているということは、いい人に巡り合えたようだな。それを知らないと、タグを盗られて大金をせびられることもあるみたいだからな」

「ええ、本当に……」


 俺は宿屋でやる気のない様子で接客してくれる彼女のことを思い出しながら、俺はしみじみと頷く。


 こんなことを言うと、ソロは「気持ちが悪い」と言うだろうが、それでも俺は彼女に心の底から感謝する。

 ソロがいなかったら、青果店の店主が言う通り、俺は何処かでネームタグを盗られて大変な目に遭っていただろう。

 ソロのことを思いながら何度も頷く俺に、店主は苦笑しながらも職務を全うするために話しかけてくる。


「それで、今日は何を買いに来たんだ?」

「ええ、これで特に調理せずに食べられる野菜や果物が欲しいんですけど……」


 そう言いながら俺は、フードの人物から受け取った銅貨の束を取り出す。

 紐でくくった銅貨の束を受け取った店主は、訝しげに俺を見る。


「……まあ、そういうのもたまにはあるけど、この予算で買える物なんて大したことないぜ」

「そうなんですか?」

「そうなんですかって……おい、兄ちゃん。まさか買い物すらしたことないのか?」

「ああ、それはですね……」


 そう言われることは想定内だったので、俺は用意していた回答を話す。


「実は、この世界ではまだ買い物をしたことがないんです。それで、今日は学習のために立ち寄らせてもらいました」

「この世界で……まさか、兄ちゃん。自由騎士様かい?」

「様が付くほど偉くはありませんが、そうです」

「――っ!?」


 俺が頷くと、店主は感動したように大きく目を見開く。


「そうか、噂には聞いていたが、兄ちゃんが久方ぶりの自由騎士様なのか……」


 そう言うと、店主はいきなり両手を伸ばして、俺のことを思いっきり抱き締める。


「いいっ!? あ、あの……」

「イクスパニアへ、グランドの街へようこそ! そういう事情なら喜んで協力しようじゃないか」


 俺が自由騎士だと知った店主は、喜びを爆発させるように満面の笑みを浮かべて俺に商品の説明と、それがいくらなのかを次々と教授してくれた。




「……というわけだ。参考になったかな?」

「はい、ありがとうございました」


 商品説明を懇切丁寧にしてもらった俺は、店主に礼を言いながら改めて青果店の中を見る。

 最初は何気なく並べているだけだと思っていた商品たちが、実は色味や野菜同士、果物同士が互いに与える影響を考えて陳列されていることがわかり、決して大きくない店でも、訪れた客を最大限にもてなそうというプロの意識の高さがあるのが伺えた。


 それぞれの値段を考えながら、俺は一体何を買えばいいのかを考えていると、


「ほい、兄ちゃん。よかったらこれを持っていてくれ」


 店主が野菜と果物がいっぱいに詰まった紙袋を二つ俺に差し出してくる。


「自由騎士様に俺の仕事を教授させてもらったお礼だ。金は要らないから持ってってくれ」

「で、ですが……」


 もう既に商品の値段を把握している俺からすると、店主が差し出している量は、銅貨ではなく銀貨で支払う量になっている

 いくら何でもそれだけの商品をタダで貰うのは気が引けると遠慮する俺に、


「いいから、いいから!」


 青果店の店主はさらに強引に紙袋を押し付けてくる。


「ここは俺の顔を立てて貰ってやってくれ。その代わり、今度からウチのことを贔屓してくれればいいから」

「そこまで言うのなら…………わかりました」


 余りにも強引に迫って来る店主に、圧倒された俺は仕方なく二つの紙袋を受け取る。


「で、では、代わりに授業料としてそのお金は置いていくので、貰っておいてください」

「わかったよ。ったく、兄ちゃんは律儀な男だな」


 そういうところ、嫌いじゃないぜ。と店主は白い歯をキラリと光らせると、ウインクをして俺を送り出してくれる。

 そんな店主に、俺は何度も頭を下げて礼を言いながら青果店を後にした。

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