第84話 歩きながら見る街は……

「よし、それでは皆の者。ついて参れ」


 俺たちは迎えに来たブレイブを先頭に、グランドの街へと繰り出した。

 時刻は昼下がりということもあり、宿を出てすぐの目抜き通りには大勢の人が行き交い、かなりの賑わいを見せていた。


 通りの広さは時々通る馬車が余裕ですれ違えるほど広く、道も石畳で舗装されているので、風が吹いても埃も立たないほど清潔で、俺は異世界の空気を味合うように思いっきり息を吸う。


「あっ、浩一君、雄二君。あれ見て!」


 すると、何かに気付いた泰三に声をかけられ、俺たちは声の方へと顔を向ける。


「……何だあれ?」


 雄二が不思議そうな声を上げるが、そこには確かに奇妙な生き物がいた。

 見た目は鳥類で最大のサイズを誇るダチョウ、だが、フォルムこそダチョウに酷似しているが、大きな体を覆うのは整然と並んだ鱗だった。

 厩舎のような建物に繋がれたその生物は、チロチロと長い舌を出しながら忙しなく辺りを見渡しており、不気味というよりはキモ可愛いと俺は思った。


「あれは……トカゲ?」

「違う。あれはリャールという竜の一種だ」


 俺の疑問に、ブレイブの苛立ったような声が重なる。


「この国では馬に次いで運搬に使われる家畜だ。どこの街でも見かけるありふれた家畜だ……知らんのか?」

「し、知らないです」

「リャールも知らんとは……自由騎士様はどんな田舎から来たのかね?」


 嫌味を言わないといられないのか、ブレイブは鼻で笑うと「早くついてこい」と先を急ぐ。


 その態度に、雄二が明らかに不服そうな顔をしていたが、俺はゆっくりとかぶりを振って我慢するように伝えると、型を怒らせて歩くブレイブの後に続いた。




 リャールと呼ばれる家畜に別れを告げ、仲見世通りを抜けた俺たちの前に現れたのは、アーチ状の石でできた巨大な橋だった。

 乗っても地面と足の感触が全く変わらないほどしっかりと造られた橋の下には、涼やかな音を響かせながら流れる川があり、川岸では女性たちが顔を突き合わせながら洗濯をしていた。

 ここまで見た限り、すれ違う人々は誰もが血色がよく、笑顔でいることからどうやらグランドの街は貧しい人が少なくかなり治安が良さそうだった。

 人々の営みを眺めながら、俺は思ったことを口にする。


「……何だか。森の聖域とはまた違う空気って感じだな」

「ええ、色んな匂いが混じり合ってて、正に人の営みに溢れてるって感じですね」


 つい今しがた通り過ぎた露店の美味しそうな匂いに目を細めながら、泰三が嬉しそうに話す。


「ここが、僕たちの新しい故郷になるんですね」

「まだ、決まってないけどな」


 既に泣きそうになっている泰三に、俺は苦笑しながら話す。


「確かにこれだけの活気がある街なら住むにはもってこいだけど、俺たちに合う仕事があるかどうかわからないだろ?」

「そうですけど……浩一君のそういうすぐに現実味ちゃうところ、つまんないですよね」

「んなっ!?」


 泰三からのまさかの一言に、俺の表情が凍り付く。


「ハハハッ、いいぞ泰三よく言ってやった」


 すると、調子に乗った雄二が泰三に加勢する。


「ピンチの時は浩一のそういう冷静なところに助けられているけど、今はそういう時じゃないってのはわかってほしいかな?」

「そうですよね。浩一君はロマンが足りないですよ」

「う、うぐぅ……」


 二人からの言葉に、俺はぐうの音も出なかった。


 確かに新しい地にやって来て、これからどんな面白い出来事に巡り合えるのか、新しい出会いがあるのかをワクワクした面持ちで想像することは俺もある。

 現にこれまで幾度もこの世界でどのように活躍するとか、可愛らしい女の子と運命の出会いをして激しい恋に身を焦がすとか、幾度となくそんな想像をしたかわからないぐらいだ。

 だが、それはあくまで遠い日の出来事を夢想するのであって、いざその出来事が近くなると、途端に無難なことしか考えられなくなってしまうのだが…………、


「まさか泰三にそのことを指摘されるとは思わなかった」

「えっ? あっ、すみません。浩一君がいきなりつまんないことを言うので、思っていたことを言っちゃいました」


 がっくりと項垂れる俺に泰三が慌ててフォローしてくれるが……、


「それ全くフォローになってないからね」


 そう言って俺は再びがっくりと肩を落とし、立っていられなくなって途中まで渡っていた橋の欄干に身を預ける。


「あ、あわわ、ど、どうしたら……」

「別にいいだろう。浩一ばっかり美味しい思いをしてるんだから、たまには項垂れるような目に遭うべきだ」


 狼狽する泰三に、雄二はざまあみろと謂わんばかりに底意地の悪い笑みを浮かべる。

 クソッ、雄二の奴……さっきの俺にだけソロにあーん、をしてもらったことをまだ根に持っているのか……。

 俺としてはソロに玩具にされ、ただ弄ばれたという認識なのだ。変わってもらえるなら変わってもらいたいぐらいだ。


 そんなことを考えながら橋の下を見やると、ちょこまかと動く影が目に映る。

 街に住む子供が遊んでいるのかと思い、何の気なしに小さな人影を目で追うと、


「…………えっ?」


 その人影の背後、お尻の辺りに不自然に揺れるものが見え、俺は興奮したように雄二たちに話しかける。


「おい、今、橋の下に獣人っぽい子供がいたぞ」

「マジッ!?」

「本当ですか!?」


 俺の声に、二人がすぐさま反応して橋の欄干から身を乗り出す。

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